複素解析の入口
mathanalysiscomplex-analysisundergraduatelecture
1導入
この講義で中心に置く発想は、複素関数の微分可能は、実関数の微分可能よりはるかに強い条件だと捉えることである。
実数の関数では、微分可能であっても荒い振る舞いをするものがたくさんある。ところが複素解析では、正則であるというだけで、級数展開できたり、積分が強く制御されたりする。この強さがどこから来るのかを見通すのが、この講義の目的である。
2用語と定義
複素関数 とは、複素数を入力し、複素数を出力する関数である。
領域 とは、複素平面の開いた連結な部分集合である。関数 f が点 z_0 で複素微分可能であるとは、
f'(z_0)=\lim_{h\to0}\frac{f(z_0+h)-f(z_0)}{h}
が、複素数 h の近づく方向によらず存在することをいう。領域 D のすべての点で複素微分可能な関数を、D 上で正則であるという。
複素積分 とは、複素平面の曲線にそって関数を積分することである。
3方針
複素解析では、まず「複素微分とは何か」を実数の微分と比べて押さえる。そのあと、正則という条件がどれほど強いかを、コーシー・リーマン方程式、複素積分、級数展開の三つの方向から見る。
4直感的な説明
実関数の微分では、右から近づけるか左から近づけるかくらいしか方向がない。しかし複素平面では、ある点に近づく方向が無数にある。それなのに、どの方向から近づいても同じ微分係数になることを要求するのが複素微分である。
このため、複素微分可能という条件はとても厳しくなる。そのかわり、いったん正則であることが分かると、その関数は滑らかで、局所的には冪級数として書けるほど整った振る舞いをする。
5厳密な説明
5.11. 複素微分
上で定義した差商の極限を考える。h は複素数なので、0 への近づき方が無数にある。
5.22. コーシー・リーマン方程式
f(z)=u(x,y)+iv(x,y) \quad (z=x+iy)
と書く。f が z_0=x_0+iy_0 で複素微分可能なら、実軸方向と虚軸方向から差商を比べることにより、
\frac{\partial u}{\partial x}=\frac{\partial v}{\partial y}, \qquad \frac{\partial u}{\partial y}=-\frac{\partial v}{\partial x}
が z_0 で必要である。
逆に、u,v が z_0 の近傍で連続な一階偏導関数を持ち、z_0 でこの二式を満たすなら、f は z_0 で複素微分可能である。したがって、領域 D で u,v\in C^1(D) かつ各点でコーシー・リーマン方程式が成立すれば、f は D 上で正則である。必要条件と、この滑らかさを仮定した十分条件を区別することが重要である。
5.33. 積分が強く制御される
単連結な領域 D で正則な関数は、D 内の区分的に C^1 級な閉曲線にそった積分が 0 になる。これがコーシーの積分定理である。穴のある領域では単連結性を外すと結論が失敗することがあるため、領域と曲線の仮定を省略しない。ここから積分表示や級数展開が導かれる。
5.44. 級数展開
領域 D 上の正則関数は、z_0\in D を中心とし、D に含まれる十分小さい円板の中で
f(z)=\sum_{n=0}^{\infty} a_n (z-z_0)^n
と書け、a_n=f^{(n)}(z_0)/n! である。実関数では微分可能でも冪級数に展開できるとは限らないが、複素解析では正則であることからこれが従う。この定理は、次の複素積分の講義で扱うコーシーの積分表示へつながる。
6別の見方
複素解析は、二変数関数 u(x,y),v(x,y) の理論として見ることもできるし、平面の幾何として見ることもできる。正則写像 f は、f'(z_0)\ne0 である点 z_0 では、交わる滑らかな曲線の向き付き角度を局所的に保つ。この性質を等角性という。導関数が 0 の点では一般に等角ではない。たとえば f(z)=z^2 は正則だが、原点の近くで偏角を 2 倍する。
data/lecture/math/analysis/joukowski-transform.lecture.n.md
7見分け方
- 複素数の関数を微分するとき、まず方向によらず極限が一致するかを意識する。
- 正則と出たら、コーシー・リーマン方程式、積分定理、級数展開の三つが連動していると考えると整理しやすい。
- 実解析との違いを問われたら、「微分可能の条件がはるかに強い」と答えるのが出発点である。
8最終形
\boxed{f'(z_0)=\lim_{h\to 0}\frac{f(z_0+h)-f(z_0)}{h}}
\boxed{f\text{ が }z_0\text{ で複素微分可能}\ \Longrightarrow\ u_x(z_0)=v_y(z_0),\quad u_y(z_0)=-v_x(z_0)}
\boxed{\substack{u,v\text{ は }z_0\text{ の近傍で }C^1\\u_x(z_0)=v_y(z_0),\ u_y(z_0)=-v_x(z_0)}\ \Longrightarrow\ f\text{ は }z_0\text{ で複素微分可能}}
9一言でいうと
- 複素解析では、複素微分可能という強い条件から、積分と級数展開の豊かな理論が立ち上がる。