物理モデルと PDE への橋渡し
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1導入
この講義では、系全体を少数の状態変数で表す集中定数モデルと、場所ごとの状態を場として残す連続体モデルを、同じ保存則から区別することである。空間変数を追加しただけでは特定の偏微分方程式(PDE)は得られない。局所収支に、流束や力を状態へ結びつける構成則を組み合わせて初めて方程式が定まる。
2モデル化の共通契約
現象から微分方程式を立てるときは、次の順に確認する。
- 系の範囲と未知量を決める。
- 蓄積率=流入率−流出率+生成率という収支、または Newton の運動方程式を書く。
- 熱流束・復元力などを状態へ結ぶ構成則を置く。
- 係数の符号と単位を確認する。
- 領域、データ、求める解のクラス、近似の範囲を明記する。
単位の一致は立式の必要条件だが、仮定や構成則の正当性までは保証しない。
3集中定数モデル 1: Newton の冷却法則
物体内部の温度が位置によらず T(t) で表せると仮定する。密度を \rho、比熱を c_p、体積を V、表面積を A_s、熱伝達率を h>0、一定の環境温度を T_{\mathrm{env}} とする。ここで h の単位は [\mathrm{W/(m^2\,K)}] である。物体の熱容量は \rho c_pV なので、全体のエネルギー収支は
\rho c_pV\,T'(t)=-hA_s\bigl(T(t)-T_{\mathrm{env}}\bigr)
となる。したがって
T'=-k_{\mathrm{cool}}(T-T_{\mathrm{env}}),
\qquad
k_{\mathrm{cool}}=\frac{hA_s}{\rho c_pV}>0
である。hA_s(T-T_{\mathrm{env}}) はエネルギーの流出率 [\mathrm{J/s}]、\rho c_pV T' も [\mathrm{J/s}] であり、k_{\mathrm{cool}} は [\mathrm{s^{-1}}] を持つ。
この ODE の本質的な仮定は、内部の熱伝導が境界での熱交換に比べて十分速く、物体内部の温度差を無視できることである。この集中熱容量近似が不適切なら、T(t) だけではなく温度場 u(x,t) を残す。
4集中定数モデル 2: 完全混合槽
一定体積 V の槽へ流量 q、濃度 C_{\mathrm{in}}(t) で溶液が入り、同じ流量で出るとする。槽内の溶質量を Q(t) とし、完全混合により流出濃度を Q(t)/V と置くと、
Q'(t)=qC_{\mathrm{in}}(t)-q\frac{Q(t)}{V}
を得る。濃度と流量の積は質量率 [\mathrm{kg/s}] である。完全混合を外して濃度場 C(x,t) を残すなら、一つの総量 ODE ではなく、局所の濃度収支と輸送流束の構成則が必要になる。
5集中定数モデル 3: 質点の振動
一自由度の質点について、質量を m>0、減衰係数を b\ge0、ばね定数を k_s>0、外力を F(t) とすると、
mx''+bx'+k_sx=F(t)
である。mx''、bx'、k_sx、F はすべて力 [\mathrm N] の単位を持つ。この二階線型非斉次方程式は、空間自由度を一つだけ残し、未知関数を x(t) とするモデルである。連続した弦の各位置の変位を区別すると、後で波動方程式が現れる。
6局所収支から熱方程式へ
一様な細い棒の軸を x、断面積を A とし、温度場を u(x,t) とする。密度 \rho>0、比熱 c_p>0、熱伝導率 K>0 は定数、側面からの熱損失と内部熱源はないと仮定する。q(x,t) を正の x 方向へ流れる単位面積あたりの熱流束とする。
微小区間 [x,x+\Delta x] の熱量の変化率は、左端からの流入率と右端からの流出率の差なので、
\frac{d}{dt}\int_x^{x+\Delta x}\rho c_pA\,u(\xi,t)\,d\xi
=Aq(x,t)-Aq(x+\Delta x,t)
となる。両辺を A\Delta x で割り、u と q が必要なだけ滑らかであるとして \Delta x\to0 とすれば
\rho c_pu_t=-q_x
を得る。高温側から低温側へ熱が流れるという Fourier の熱伝導法則
q=-K u_x
を組み合わせると、
u_t=\kappa u_{xx},
\qquad
\kappa=\frac{K}{\rho c_p}>0
となる。K/[\rho c_p] の単位は [\mathrm{m^2/s}] であり、\kappa は熱拡散率である。
Newton の冷却法則との対応は、外表面での熱交換を含む別の設定で確認できる。境界では物体から外へ出る向きを正とし、単位面積あたりの熱流出率を h(u-T_{\mathrm{env}}) と置く。これは境界で温度と流束を結ぶ条件であり、後の講義で Robin 境界条件として整理する。
物体内部の小領域ごとの収支を全体で足し合わせると、隣接領域の間を通る熱は一方の流出と他方の流入として相殺し、外表面からの流出だけが残る。ここで u\approx T(t) と一様温度に近似すれば、蓄えられた熱量の変化率は \rho c_pVT'、表面積 A_s 全体からの流出率は hA_s(T-T_{\mathrm{env}}) なので、\rho c_pVT'=-hA_s(T-T_{\mathrm{env}}) が得られる。一様性を仮定しなければ、平均温度だけの ODE は一般に閉じない。
7局所運動方程式から波動方程式へ
一様な弦の横変位を u(x,t)、張力を \tau>0、線密度を \mu>0 とする。張力がほぼ一定で、横変位と傾きが小さく、外力と減衰を無視できると仮定する。微小区間 [x,x+\Delta x] の質量は \mu\Delta x、鉛直方向の張力差は小傾斜近似で
\tau\bigl(u_x(x+\Delta x,t)-u_x(x,t)\bigr)
だから、Newton の運動方程式より
\mu\int_x^{x+\Delta x}u_{tt}(\xi,t)\,d\xi
=\tau\bigl(u_x(x+\Delta x,t)-u_x(x,t)\bigr)
となる。両辺を \Delta x で割り、u が必要なだけ滑らかであるとして \Delta x\to0 とすれば
u_{tt}=c_{\mathrm{wave}}^2u_{xx},
\qquad
c_{\mathrm{wave}}=\sqrt{\frac{\tau}{\mu}}
を得る。\tau/\mu の単位は [\mathrm{m^2/s^2}] なので、c_{\mathrm{wave}} は速度の単位を持つ。弦の幾何を含む詳しい導出は物理の波動方程式の講義へ委ねる。
data/lecture/physics/waves/wave-equation-basics.lecture.n.md
8PDE の式から問題へ
PDE の式を導いただけでは問題設定は完了しない。たとえば有界区間 0<x<L では、熱方程式に初期温度 u(x,0)=f(x) と端点の境界条件を与える。波動方程式には初期変位 u(x,0)=f(x)、初期速度 u_t(x,0)=g(x)、端点の境界条件を与える。古典解を閉領域まで求めるなら、初期データと境界データが角で一致する適合条件も必要になる。
方程式、領域、データ、係数の仮定、解のクラスを指定して初めて PDE の問題になる。用語と条件の詳細は PDE の入口へ進んで確認する。
9ODE と PDE は近似の選択でもある
ODE と PDE の定義上の違いは、独立変数の個数と常微分・偏微分の違いである。一方、どちらをモデルとして選ぶかは、観測尺度と必要精度に依存する。内部分布を捨ててよければ集中定数 ODE を使えるが、局所相互作用や境界の影響を残すなら PDE が自然である。
空間を有限個の格子点で近似すれば、PDE から有限個の ODE 系が得られる。温度場や変位場を、少数の代表的な空間形状の組合わせで近似する方法もある。したがって「有限個の変数なら ODE、無限個なら PDE」という判定は定義ではない。何を解像し、何を平均化・近似したかをモデルの仮定として記録する。
10どこまで成立するか
熱方程式の導出では一次元、均質な定係数媒質、内部熱源なし、側面損失なしを仮定した。波動方程式では一様な弦、一定張力、小変位・小傾斜、外力・減衰なしを仮定した。係数が場所で変わる場合、熱源・外力・減衰がある場合、構成則が非線形な場合には追加項や別の PDE が必要になる。