斜面・摩擦・ばねの力学
physicsmechanicsinclined-planefrictionspringlecture
1導入
この講義では、斜面・摩擦・ばねを別々の公式として共通する立式手順を説明する。本質は常に
\sum \vec F=m\vec a
であり、難しさは力の種類ではなく、軸・摩擦の判定・ばねの変位の定義を曖昧にすることから生じる。
最初に見るべきものは、次の四つである。
- 対象に働く力は何か。
- 斜面に平行・垂直な軸を取ると簡単か。
- 摩擦は静止摩擦として足りるか、動摩擦へ切り替わるか。
- ばねの変位は自然長から測っているか、平衡位置から測っているか。
2用語と定義
垂直抗力 N は、接触面が物体を面に垂直な向きへ押す力である。
静止摩擦力 f_s は、接触面どうしが相対的に動き出すことを妨げる摩擦力である。大きさは
|f_s|\le \mu_sN
を満たす。等号は限界の場合だけである。
動摩擦力 f_k は、すでに滑っている接触面にはたらく摩擦力である。大きさは
f_k=\mu_kN
であり、向きは相対運動に逆らう。
フックの法則は、ばねの自然長からの変位を x とすると、ばねの力が
F=-kx
で与えられるという法則である。k\ [\mathrm{N/m};\ \mathsf{MT^{-2}}] はばね定数である。
3方針
斜面・摩擦・ばねの問題では、次の順序を固定する。
- 自由体図を描く。
- 斜面があれば、斜面方向と垂直方向へ分解する。
- 静止の可能性があれば、先に必要な静止摩擦力を未知量として解く。
- |f_s|\le\mu_sN を満たすか確認する。
- ばねがあれば、自然長からの変位で F=-kx を書く。
この順序にする理由は、静止摩擦力を最初から \mu_sN と置く誤りと、ばねの符号を位置座標と混同する誤りを防ぐためである。
4整理 1:斜面での重力成分
傾斜角 \theta の斜面では、重力 mg の斜面方向成分は mg\sin\theta、斜面に垂直な成分は mg\cos\theta である。
4.1証明
斜面に垂直な方向は、鉛直方向から角度 \theta だけ傾いている。重力は鉛直下向きなので、重力と垂直方向のなす角は \theta である。
したがって、垂直方向への射影は
mg\cos\theta
である。重力の大きさは mg であり、直交成分に分解しているから、斜面方向の成分は
\sqrt{(mg)^2-(mg\cos\theta)^2}=mg\sin\theta
である。
5整理 2:静止摩擦の判定
静止していると仮定して求めた必要摩擦力を f_{\mathrm{req}} とする。このとき
|f_{\mathrm{req}}|\le \mu_sN
なら静止は可能であり、これを満たさないなら静止は不可能である。
5.1証明
静止摩擦力の定義は |f_s|\le\mu_sN である。静止を保つために必要な摩擦力が f_{\mathrm{req}} なら、実際の静止摩擦力は f_s=f_{\mathrm{req}} でなければならない。
もし |f_{\mathrm{req}}|\le\mu_sN なら、この f_s は静止摩擦力の許容範囲に入るので、静止できる。逆に |f_{\mathrm{req}}|>\mu_sN なら、定義を満たす静止摩擦力が存在しないので、物体は滑り出す。
傾斜角 \theta の斜面で、ほかに斜面方向の力がない場合は、静止の仮定から
f_{\mathrm{req}}=mg\sin\theta,\qquad N=mg\cos\theta
である。したがって
mg\sin\theta\le \mu_smg\cos\theta
より
\boxed{\tan\theta\le\mu_s}
を得る。
6整理 3:ばねの平衡位置からの変位
鉛直ばねで下向きを正とし、自然長からの伸びを x とすると
m\ddot x=mg-kx
である。平衡位置 x_0=mg/k からのずれを u=x-x_0 と置けば
m\ddot u=-ku
となる。
6.1証明
自然長から x だけ伸びたばねは、上向きに kx の力を及ぼす。下向きを正にしたので、ばねの力は -kx である。重力は +mg だから、運動方程式は
m\ddot x=mg-kx
である。平衡位置では \ddot x=0 なので
0=mg-kx_0
より x_0=mg/k である。u=x-x_0 と置くと、x_0 は定数なので \ddot u=\ddot x である。よって
m\ddot u=mg-k(u+x_0)=mg-ku-kx_0=-ku
を得る。
7単位の確認
摩擦係数 \mu は無次元である。したがって
\mu N
\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]
は力の単位をもつ。
ばねの力は
k\ [\mathrm{N/m};\ \mathsf{MT^{-2}}]
\times
x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]
\quad\Rightarrow\quad
kx\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]
である。ばねに蓄えられるエネルギー \frac12kx^2 は、次の「仕事と力学的エネルギー」で仕事の積分として導く。
8具体例 1:摩擦のない斜面
斜面を下る向きを正とする。摩擦がなければ、斜面方向の合力は mg\sin\theta である。よって
ma=mg\sin\theta
から
a=g\sin\theta
を得る。垂直方向には加速度がないので
N=mg\cos\theta
である。
9具体例 2:動摩擦のある斜面
物体が斜面を下って滑っているなら、動摩擦力は斜面を上る向きである。よって
ma=mg\sin\theta-\mu_kmg\cos\theta
となり、
\boxed{a=g(\sin\theta-\mu_k\cos\theta)}
を得る。
10見分け方
- 静止している、または滑るかどうかを問うなら、まず f_s を未知量として解く。
- すでに滑っているなら、f_k=\mu_kN を使う。
- 瞬間の加速度を問うなら、運動方程式を使う。
- 最大圧縮や速さを問うなら、仕事とエネルギーへ接続する。
- ばねの問題では、自然長からの変位と平衡位置からの変位を区別する。
11どこまで成立するか
フックの法則は弾性限界の範囲で使う。摩擦係数を一定とみなすのも近似である。接触面の状態、温度、速度で変化する場合がある。
12最終形
\boxed{mg_{\parallel}=mg\sin\theta,\qquad mg_{\perp}=mg\cos\theta}
\boxed{|f_s|\le\mu_sN,\qquad f_k=\mu_kN}
\boxed{F_{\mathrm{spring}}=-kx}
13一言でいうと
斜面・摩擦・ばねの問題は、特殊公式ではなく、自由体図、軸設定、静止摩擦の上限、ばねの変位の定義を正しく運動方程式へ渡す問題である。