斜面・摩擦・ばねの力学
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導入
このページの核心は、斜面・摩擦・ばねが同時に現れても、最初に確認すべきことは四つしかないという点にある。
- どの物体を取り出すか
- 自由体図をどう描くか
- 軸をどちらに取るか
- 摩擦の種類と、ばねの変位をどう定義するか
問題が複雑に見えるのは、力が増えるからではなく、座標の取り方と未知量の定義が曖昧なまま式を書き始めるからである。したがって、このページでは個別公式を増やすのではなく、立式の順序を固定する。
このページで解けるようになること
- 斜面上での重力の分解と垂直抗力の決定
- 静止摩擦と動摩擦の判定と使い分け
- ばねの自然長からの変位を未知量として立式する手順
- 運動方程式で処理すべき場面と、エネルギーに切り替えるべき場面の見分け
何を解くページか
このページの本線は、次のような標準形である。
- 斜面に沿って動く質点
- 摩擦のある面上の質点
- ばねに接続された質点
- 斜面・摩擦・ばねの要素が組み合わさった質点
いずれも、本質は
\sum \vec{F} = m\vec{a}
である。ただし、その前にどの成分を未知量とするかを決めなければならない。
方針
このページで最初に採る方針は、公式を探すことではなく、次のテンプレートに従うことである。
- 物体を 1 つ選び、その物体だけに働く力を図示する
- 斜面があるなら、原則として斜面に平行・垂直の軸を取る
- 摩擦があるなら、静止か滑りかを先に判定する
- ばねがあるなら、自然長からの変位を未知量にする
- そのうえで成分ごとに運動方程式またはつり合いの式を立てる
この順番を崩すと、摩擦力の誤用、ばねの符号ミス、重力成分の取り違えが起きやすい。
適用条件
- このページの基本式は慣性系で用いる
- フックの法則 F=-kx は弾性限界の範囲でのみ用いる
- 動摩擦力 f_k=\mu_k N は、実際に滑っている場面でのみ用いる
- 静止摩擦力は一般に f_s=\mu_s N ではなく、|f_s|\le \mu_s N を満たす未知量として扱う
用語と定義
摩擦力
摩擦力とは、接触面に沿う相対運動、または相対運動しようとする傾向に逆らう力である。向きは「速度と逆向き」ではなく、相対運動の向きに逆らうと考える。
静止摩擦力と動摩擦力
| 種類 | 大きさ | 向き | 使う場面 |
| 静止摩擦力 | |f_s|\le \mu_s N | 相対運動しようとする向きに逆らう | 静止している |
| 動摩擦力 | f_k=\mu_k N | 相対運動の向きに逆らう | すでに滑っている |
ここで最も重要なのは、静止摩擦力は必要なだけ出るという点である。最大値が \mu_s N であるのであって、常に \mu_s N ではない。
静止摩擦力の向きの決め方
静止摩擦力の向きは、物体が実際に動いている向きではなく、摩擦がなければ相対的に動き出す向きに逆らって決まる。向きが迷うときは、いったん仮に正方向へ f_s と置いて式を解く。結果が負なら、実際の向きは仮定と逆である。
この方法では、向きを先に当てにいく必要がない。さらに最後に
|f_s|le mu_sN
を確認すれば、静止が実現できるかどうかも判定できる。
フックの法則
ばねの自然長からの変位を x、ばね定数を k とすると、
F=-kx
である。負号は、ばねの力が変位と逆向き、すなわち元に戻す向きに働くことを表す。
ばね定数
ばね定数 k の単位は [\mathrm{N/m}] であり、単位変位あたりの弾性力の大きさを表す。k が大きいほど、同じ変位に対して大きな力が必要である。
弾性エネルギー
ばねの自然長からの変位を x とすると、弾性エネルギーは
U=\frac{1}{2} kx^2
である。これは
U=\int_0^x kx'dx'=\frac{1}{2} kx^2
と導かれる。
何を最初に見分けるか
1. 軸の取り方
斜面があるときは、通常は斜面に平行・垂直の軸を取る。そうすると、垂直抗力と摩擦力が軸方向と一致し、分解が最小になる。
2. 摩擦が静止か滑りか
摩擦があるときは、まず静止しうるかどうかを判定する。たとえば斜面上なら
mg\sin\theta \le \mu_s N
なら静止しうる。これを満たさないときにのみ、動摩擦力を用いる。
3. ばねの変位をどこから測るか
ばねがあるときの変位 x は、位置座標そのものではなく、自然長からの伸び縮みである。ここを曖昧にすると符号が壊れる。
直感的な説明
斜面ではなぜ軸を回すのか
水平・鉛直で軸を取ると、重力はそのまま書けるが、垂直抗力と摩擦力を分解しなければならない。斜面に平行・垂直に軸を取ると、分解すべきなのは重力だけになる。したがって、情報を最も少なく保つ軸の取り方が斜面軸である。
静止摩擦はなぜ「必要なだけ」なのか
小さな外力で物体がまだ静止しているとき、接触面はその外力を打ち消すだけの摩擦を返す。外力が増えれば摩擦も増える。ただし、無限には増えず、上限 \mu_s N に達した瞬間に静止を保てなくなる。したがって、静止摩擦力は先に未知量として置くのが正しい。
ばねの負号は何を意味するか
ばねを伸ばせば、ばねは縮もうとする。縮めれば、ばねは伸びようとする。したがって、ばねの力の向きは常に変位の逆向きであり、その内容が F=-kx の負号に入っている。
導出または基本式
1. 斜面上の重力分解
傾斜角 \theta の斜面上で、斜面に沿う向きを正とする。重力 mg を平行成分と垂直成分に分けると
mg_{\parallel}=mg\sin\theta,\qquad mg_{\perp}=mg\cos\theta
である。よって、摩擦なしなら
ma=mg\sin\theta,\qquad N=mg\cos\theta
を得る。
2. 動摩擦がある斜面
実際に滑っているとき、摩擦力の大きさは
f_k=\mu_kN=\mu_kmg\cos\theta
である。斜面方向の運動方程式は
ma=mg\sin\theta-\mu_kmg\cos\theta
すなわち
a=g(\sin\theta-\mu_k\cos\theta)
となる。
3. 静止条件
静止しているなら、斜面方向はつり合いであるから
f_s=mg\sin\theta
である。これが静止摩擦力の許容範囲
|f_s|le mu_sN=mu_smgcostheta
を満たすときにのみ静止を保てる。したがって判定条件は
\tan\theta\le \mu_s
である。
4. ばねつき鉛直運動
下向きを正とし、自然長からの変位を x とすると、重力とばねの力より
m\ddot{x}=mg-kx
を得る。平衡点
x_0=\frac{mg}{k}
のまわりで u=x-x_0 とおくと
m\ddot{u}=-ku
となり、復元力型の方程式へ落ちる。
具体例 1: 斜面上の静止条件
傾斜角 \theta の斜面上に質量 m の物体が静止している。静止しうる条件を求める。方針は、最初から f=\mu_sN と置かず、まずつり合いの式を書くことである。斜面方向のつり合いより
f_s=mg\sin\theta
垂直方向より
N=mg\cos\theta
したがって
mg\sin\theta\le \mu_smg\cos\theta
ゆえに
\boxed{\tan\theta\le \mu_s}
を得る。ここで初めて \mu_s が登場する。
具体例 2: 摩擦あり水平面
質量 m の物体を水平面上で右向きに押し、すでに右向きに滑っているとする。押す力を F、動摩擦係数を \mu_k とすると
N=mg,\qquad f_k=\mu_kmg
であり、右向きを正として
ma=F-\mu_kmg
となる。ここで摩擦の向きは「右向きに動いているから左向き」であり、押す力の向きそのものとは独立である。
具体例 3: ばね単独
水平面上で摩擦を無視し、ばねの自然長から右へ x だけ引いた質点を考える。ばねの力は左向きに
F=-kx
であり、運動方程式は
m\ddot{x}=-kx
となる。右へ引くほど左向きに強く戻そうとするという内容が、この式にそのまま入っている。
具体例 4: 斜面とばね
傾斜角 30^\circ、摩擦なし、ばね定数 k=100\ [\mathrm{N/m};\ \mathsf{MT^{-2}}]、質量 m=1\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}] の物体が斜面に沿ってばねにつながれ、静止している。自然長からの縮み x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] を求める。静止なので斜面方向はつり合いである。
kx=mg\sin30^\circ=1\times 9.8\times 0.5=4.9
x=\frac{4.9}{100}=0.049=4.9
単位確認:
\times=
であり、整合している。
どこまで成り立つか
- 摩擦係数を一定とみなすのは近似であり、高速・高温・特殊材料では破れる
- フックの法則は大変形では破れる
- 斜面方向・垂直方向の軸選択は便利なだけで、絶対にそうしなければならないわけではない
- ばねの変位は自然長基準であり、位置の原点を別に取ってもよいが、その場合は変位との関係を書き分ける必要がある
よくある誤り
- 静止摩擦力を無条件で f=\mu_sN と置く
- 重力の平行成分と垂直成分で \sin と \cos を取り違える
- ばねの変位を自然長からではなく座標そのものとして扱い、負号を壊す
- 「摩擦は運動方向に逆らう」を機械的に使い、相対運動の向きを考えない
解法の選択
- 力が少なく、加速度や張力を途中まで知りたい → 運動方程式
- 高さや速さの前後関係だけを知りたい → 仕事とエネルギー
- 滑り始める条件を知りたい → まず静止摩擦の上限判定
摩擦があるときのエネルギー式
摩擦がある問題でも、エネルギーの方法を使えないわけではない。使えないのは K+U=\text{const} であって、非保存力の仕事を入れればよい。
\Delta(K+U)=W_{\mathrm{fric}}
斜面を距離 s だけ滑るなら、動摩擦力の仕事は
W_{\mathrm{fric}}=-\mu_kNs
である。摩擦の仕事は移動距離に比例するので、高さだけでなく、実際に滑った道の長さを確認する必要がある。
斜面で滑り出す臨界角
斜面上の物体が静止していられるかは、静止摩擦力の上限で決まる。斜面の角度を \theta とすると
f_s=mg\sin\theta,\qquad N=mg\cos\theta
であり、静止できる条件は
mg\sin\theta\le \mu_s mg\cos\theta
したがって
\tan\theta\le \mu_s
である。滑り出す境界では
\boxed{\tan\theta_c=\mu_s}
となる。この \theta_c を臨界角として読めば、角度を大きくしていく問題を一気に判断できる。
ばねの平衡位置から測る方法
鉛直ばねや斜面上のばねでは、自然長からの変位 x で書くと重力の項が残ることがある。平衡位置 x_0 を先に求め、
u=x-x_0
と置くと、重力とばねの定常的なつり合いが消えて
m\ddot{u}=-ku
の形になる。振動を調べるときは、自然長ではなく平衡位置からのずれ u を使うと見通しがよい。
まとめ
斜面・摩擦・ばねの問題は、別々の特殊公式で解くのではない。自由体図、軸設定、摩擦の判定、自然長からの変位という四つを先に固定すれば、すべて通常の運動方程式へ戻る。
文字式の単位
静止摩擦は、いつも \mu_s N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] になるわけではない。まず運動方程式やつり合いから必要な摩擦力 f_{\mathrm{req}}\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] を求め、そのあとで
|f_{\mathrm{req}}|\leq \mu_s\ [1]N
を確認する。等号は「限界ぎりぎり」を表し、不等号が成り立つ範囲では物体はまだ静止できる。動摩擦に切り替えるのは、この条件が破れたあとである。
斜面では、重力そのもの mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] と、斜面方向・垂直方向の成分を分けて読む。角度 \theta\ [\mathrm{rad};\ \mathsf{1}] に対して
mg\sin\theta
=mg\sin\theta\ [1]
mg\cos\theta
=mg\cos\theta\ [1]
であり、\sin\theta、\cos\theta は無次元の係数である。摩擦力は f\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]=\mu\ [1]N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、ばねの弾性力は kx\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] と読み、k\ [\mathrm{N/m};\ \mathsf{MT^{-2}}] と x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] の積が力の単位になる。
斜面では、重力の平行成分 mg\sin\theta\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、垂直成分 mg\cos\theta\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、垂直抗力 N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、摩擦力 f\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] を同じ力の単位で扱う。角度 \theta\ [\mathrm{rad};\ \mathsf{1}] は無次元として三角関数の中に入る。
ばねでは、ばね定数 k\ [\mathrm{N/m};\ \mathsf{MT^{-2}}]、変位 x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]、弾性力 kx\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] である。ばねの位置エネルギー \frac{1}{2}kx^2\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] では、k\ [\mathrm{N/m};\ \mathsf{MT^{-2}}] と x^2\ [\mathrm{m^2};\ \mathsf{L^2}] から [\mathrm{N\,m}]=[\mathrm{J}] が出る。
斜面問題の標準分解
斜面では、重力 mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] を斜面に平行な成分と垂直な成分に分ける。角度を \theta\ [\mathrm{rad};\ \mathsf{1}] とすると、平行成分は mg\sin\theta\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、垂直成分は mg\cos\theta\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] である。符号は、斜面を下る向きを正にするか、上る向きを正にするかで決まる。
垂直方向に飛び出さない間は、垂直方向の加速度は 0 である。したがって、ほかに垂直方向の力がなければ
N=mg\cos\theta
と置ける。ここで N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] は垂直抗力である。この式を先に出すと、摩擦力 f\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] の上限 \mu_s N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] や動摩擦力 \mu_k N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] を扱いやすい。
摩擦・ばね・斜面が同時に出る問題
斜面、摩擦、ばねが同時に出るときは、力で解く部分とエネルギーで解く部分を分ける。瞬間の加速度 a\ [\mathrm{m/s^2};\ \mathsf{LT^{-2}}] を問われるなら運動方程式を使う。速さ v\ [\mathrm{m/s};\ \mathsf{LT^{-1}}] や最大圧縮 x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] を問われるなら、仕事とエネルギーの式が有効である。
ばねの力 kx\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] は位置で変わるので、力の平均を安易に使うより、ばねの位置エネルギー \frac{1}{2}kx^2\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] を使うほうが安全である。一方、動摩擦力の大きさが一定なら、その仕事は -\mu_kNs\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] と書ける。ここで s\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] は接触面に沿って滑った距離である。
主要文字式の単位確認
角度 \theta\ [\mathrm{rad};\ \mathsf{1}] は、三角関数の中では無次元として扱う。重力の成分 mg\sin\theta\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、mg\cos\theta\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] は、どちらも力である。垂直抗力 N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、摩擦力 f\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、摩擦係数 \mu\ [\mathrm{1};\ \mathsf{1}] を分けて読む。
ばねでは、ばね定数 k\ [\mathrm{N/m};\ \mathsf{MT^{-2}}]、変位 x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]、弾性力 kx\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、ばねの位置エネルギー \frac{1}{2}kx^2\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] である。力を扱う式と、エネルギーを扱う式を単位で区別する。
数式内での単位明示
斜面で重力を分解すると、平行成分と垂直成分はどちらも力の単位になる。
mg\sin\theta = mg\sin\theta, \qquad mg\cos\theta = mg\cos\theta
ばねでは、ばね定数、変位、弾性力、ばねの位置エネルギーを次のように読む。
F_s = kx, \qquad U_s = \frac{1}{2}kx^2
静止か滑り出すかの分岐
摩擦のある斜面では、まず静止していると仮定する。その仮定のもとで、斜面に平行な方向のつり合いから必要な静止摩擦力 f_s\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] を求める。
その結果が |f_s|\le \mu_s N を満たせば、静止の仮定は正しい。ここで、\mu_s\ [\mathrm{1};\ \mathsf{1}] は静止摩擦係数、N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] は垂直抗力である。もし必要な |f_s|\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] が最大静止摩擦力 \mu_s N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] を超えるなら、物体は滑り出す。
滑り出した後は、摩擦力を動摩擦力 f_k=\mu_k N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] として扱う。静止摩擦と動摩擦を同じ式で扱わないことが重要である。