微分公式と計算法
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導入
この講義の核心は、微分公式を暗記項目として並列に保持するのではなく、関数がどの演算で構成されているかに応じて導出する体系として理解することにある。
導関数の定義は差商の極限である。しかし実際の計算では、毎回差商から再導出するのではなく、和、積、商、合成、逆関数という構成単位ごとに規則を適用する。この規則を証明しておくと、複雑な式でも「どの外側の構造から処理するか」を判定できる。
何を処理するページか
このページでは、一変数関数 f(x) が基本関数から四則演算、合成、逆関数で構成される場合を扱う。目的は、最終式だけを提示することではなく、次の判定を本文の中で実行できるようにすることだ。
- 和または差として分解できるか。
- 積として構成されているか。
- 商として構成され、分母が 0 でないか。
- 外側の関数と内側の関数に分離できるか。
- 逆関数または対数微分で簡潔になるか。
方針
微分公式は、式の外側の構造から選択する。和なら線形性、積ならライプニッツ則、商なら逆数と積、合成なら連鎖律、逆関数なら恒等式を微分する。この順序で整理すると、公式の選択が記憶ではなく構造判定になる。
線形性の導出
F(x)=af(x)+bg(x) とする。a,b は定数である。差商を計算すると、
\frac{F(x+h)-F(x)}{h}
=a\frac{f(x+h)-f(x)}{h}
+b\frac{g(x+h)-g(x)}{h}
である。h\to0 とすれば、
(af+bg)'=af'+bg'
を得る。微分が和と定数倍を保つため、多項式の微分は各項の微分へ分解できる。
積の微分の導出
F(x)=f(x)g(x) とする。積の微分では、片方だけが変化するのではない。x が x+h へ移動すると、f も g も同時に変化する。この同時変化を二つの差へ分解するために、分子へ f(x)g(x+h) を加減する。
\frac{f(x+h)g(x+h)-f(x)g(x)}{h}
=\frac{[f(x+h)-f(x)]g(x+h)+f(x)[g(x+h)-g(x)]}{h}
したがって、
=\frac{f(x+h)-f(x)}{h}g(x+h)
+f(x)\frac{g(x+h)-g(x)}{h}
となる。f,g が x で微分可能なら連続なので g(x+h)\to g(x) であり、
(fg)'=f'g+fg'
を得る。積の微分に f'g' が単独で現れないのは、一次の変化だけを残し、h^2 程度の高次項が極限で消滅するためである。
商の微分の導出
商の公式は独立した暗記対象ではない。逆数の微分と積の微分から導出できる。g(x)\ne0 とし、u(x)=1/g(x) とおく。g(x)u(x)=1 だから、
g'(x)u(x)+g(x)u'(x)=0
である。よって、
u'(x)=-\frac{g'(x)}{g(x)^2}
となる。したがって、
\left(\frac{f}{g}\right)'
=f'\frac{1}{g}+f\left(-\frac{g'}{g^2}\right)
=\frac{f'g-fg'}{g^2}
を得る。分母が 0 になる点では関数そのものが定義されないため、この公式は適用できない。
連鎖律の導出
y=f(g(x)) とする。連鎖律は「外側の微分に内側の微分を掛ける」という記憶法ではなく、局所線形近似の合成である。
g が x で微分可能なら、
g(x+h)=g(x)+g'(x)h+r(h),\qquad \frac{r(h)}{h}\to0
である。u=g(x)、k=g(x+h)-g(x) とおくと、f が u で微分可能なら、
f(u+k)=f(u)+f'(u)k+s(k),\qquad \frac{s(k)}{k}\to0
である。ここで k=g'(x)h+r(h) だから、k は h と同程度に小さい。ゆえに
f(g(x+h))-f(g(x))
=f'(g(x))[g'(x)h+r(h)]+s(k)
を h で割って極限操作を適用すると、
\frac{d}{dx}f(g(x))=f'(g(x))g'(x)
となる。複合関数の微分では、外側の関数を内側の値で評価する点を省略してはならない。
逆関数の微分
y=f^{-1}(x) とする。これは f(y)=x と同値である。両辺を x で微分すると、連鎖律により
f'(y)\frac{dy}{dx}=1
である。したがって、
\frac{d}{dx}f^{-1}(x)=\frac{1}{f'(f^{-1}(x))}
を得る。この公式は f'(f^{-1}(x))\ne0 が必要である。接線が水平になる点では、逆関数の傾きが無限大になる可能性がある。
対数微分
y>0 の範囲で、\ln y を微分すると
\frac{d}{dx}\ln y=\frac{y'}{y}
である。したがって、積・商・冪が複雑に重なる場合は、先に対数化することで積を和へ、冪を積へ変換できる。
例として y=x^x(x>0)を検討する。\ln y=x\ln x だから、
\frac{y'}{y}=\ln x+1
である。よって
\frac{d}{dx}x^x=x^x(\ln x+1)
となる。x^x は冪関数 x^r でも指数関数 a^x でもなく、底と指数の両方が変数であるため、対数微分が自然である。
初等関数の微分公式
| 関数 | 導関数 | 根拠 |
| C | 0 | 定数の差は 0 |
| x^n | nx^{n-1} | 二項定理 |
| x^r(x>0) | rx^{r-1} | x^r=e^{r\ln x} |
| e^x | e^x | e の正規化 |
| a^x | a^x\ln a | a^x=e^{x\ln a} |
| \ln x | 1/x | 逆関数の微分 |
| \log_a x | 1/(x\ln a) | \log_a x=\ln x/\ln a |
| \sin x | \cos x | 加法定理と基本極限 |
| \cos x | -\sin x | 加法定理 |
| \tan x | \sec^2 x | \tan x=\sin x/\cos x |
| \arcsin x | 1/\sqrt{1-x^2} | 逆関数の微分 |
| \arctan x | 1/(1+x^2) | 逆関数の微分 |
三角関数の導出
加法定理より、
\sin(x+h)-\sin x
=\sin x(\cos h-1)+\cos x\sin h
である。基本極限
\lim_{h\to0}\frac{\sin h}{h}=1,\qquad
\lim_{h\to0}\frac{\cos h-1}{h}=0
を用いると、
\frac{d}{dx}\sin x=\cos x
を得る。同様に
\cos(x+h)-\cos x=\cos x(\cos h-1)-\sin x\sin h
から
\frac{d}{dx}\cos x=-\sin x
を得る。\tan x は商の微分で
\frac{d}{dx}\tan x
=\frac{\cos^2x+\sin^2x}{\cos^2x}
=\sec^2x
となる。
逆三角関数の導出
y=\arcsin x とする。これは \sin y=x、ただし -\pi/2\le y\le \pi/2 を意味する。両辺を微分すると
\cos y\frac{dy}{dx}=1
である。この範囲では \cos y\ge0 なので、
\cos y=\sqrt{1-\sin^2y}=\sqrt{1-x^2}
を得る。よって
\frac{d}{dx}\arcsin x=\frac{1}{\sqrt{1-x^2}}
である。y=\arctan x では \tan y=x だから、
\sec^2y\frac{dy}{dx}=1,\qquad \sec^2y=1+\tan^2y=1+x^2
より
\frac{d}{dx}\arctan x=\frac{1}{1+x^2}
となる。
判定基準
| 式の外側の構造 | 選択する規則 | 注意 |
| 和・差 | 線形性 | 各項へ分解する |
| 積 | 積の微分 | 片方だけ微分して完了しない |
| 商 | 商の微分 | 分母が 0 でない範囲に限定する |
| f(g(x)) | 連鎖律 | 外側を g(x) で評価する |
| 逆関数 | 逆関数の微分 | f' が 0 でない範囲を確認する |
| 底と指数の両方が変数 | 対数微分 | 正の範囲または絶対値を確認する |
典型の誤用
第一に、(fg)'=f'g' としてはならない。積では二つの因子が同時に変化するため、f'g+fg' が必要である。
第二に、\dfrac{d}{dx}f(g(x))=f'(g(x)) で停止してはならない。内側の変化率 g'(x) が欠落すると、合成の変化を過小評価する。
第三に、\dfrac{d}{dx}\ln x=1/x は x>0 の実数対数で成立する。負の範囲を含む計算では \ln|x| や複素対数の扱いが問題になる。
どこまで成立するか
このページの規則は、対象の関数が該当点で微分可能であることを前提とする。分母が 0 になる点、逆関数の微分で f'=0 となる点、対数が定義されない点では、公式を機械的に適用してはならない。
多変数微積分では、連鎖律はヤコビ行列の積として一般化される。微分方程式では、これらの微分公式が方程式の型判定と変数変換の基盤になる。