ジョルダン標準形の入口
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導入
この講義で重要なのは、ジョルダン標準形は、対角化できない行列を完全に諦めるのではなく、対角行列に近い形まで整理する方法であるということである。
対角化は、固有ベクトルだけで基底を構成できる場合の理想形である。しかし、固有ベクトルが不足する行列も存在する。その場合、一般化固有ベクトルを導入すると、行列はジョルダンブロックの直和として表示できる。
用語と定義
一般化固有ベクトル とは、固有値 \lambda に対して、ある正整数 k で
(A-\lambda I)^k v=0
を満たす v\ne0 のことである。
ジョルダンブロック とは、
J_k(\lambda)=
\begin{pmatrix}
\lambda&1&0&\cdots&0\\
0&\lambda&1&\cdots&0\\
\vdots&\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
0&0&0&\cdots&1\\
0&0&0&\cdots&\lambda
\end{pmatrix}
で定義される k\times k 行列である。これは
J_k(\lambda)=\lambda I+N
と表せる。ここで N は上隣の成分だけが 1 の冪零行列である。
直感的な説明
対角行列では、各基底ベクトルが自分自身の方向に伸縮するだけである。ジョルダンブロックでは、それに加えて隣の方向へ少量の混合が残る。
この混合が冪零成分である。何度か作用させると消滅するため、完全な対角化ではないが、構造は明確に記述できる。
厳密な説明
1. 標準形
複素数体のような代数的閉体の上では、任意の正方行列 A は、ある正則行列 P によって
P^{-1}AP=J
と表示できる。ここで J はジョルダンブロックを対角方向に並べた行列である。
ジョルダン標準形は、ブロックの順序を除いて一意である。したがって「どの固有値に、どの大きさのブロックがいくつ存在するか」は、基底の選択に依存しない不変量である。
2. 対角化との関係
ジョルダンブロックの大きさがすべて 1 なら、ジョルダン標準形は対角行列である。したがって
\boxed{A\text{ が対角化可能}\iff \text{すべてのジョルダンブロックの大きさが }1}
である。
3. 最小多項式との関係
固有値 \lambda に対応する最大のジョルダンブロックの大きさを s_\lambda とすると、最小多項式には
(t-\lambda)^{s_\lambda}
が因子として出現する。したがって最小多項式の指数は、対角化からの逸脱を測定する。
4. ジョルダン鎖
ジョルダンブロックを構成する基底は、一般化固有ベクトルの列として考察できる。固有値 \lambda に対して
(A-\lambda I)v_1=0,\qquad (A-\lambda I)v_2=v_1,\qquad \dots,\qquad (A-\lambda I)v_k=v_{k-1}
を満たす列をジョルダン鎖という。v_1 は固有ベクトルであり、v_2,\dots,v_k は一般化固有ベクトルである。この鎖を基底として採用すると、行列の表示にジョルダンブロックが現れる。
具体例
A=\begin{pmatrix}
1&1\\
0&1
\end{pmatrix}
は J_2(1) そのものである。固有値は 1 だけであるが、固有空間は
\ker(A-I)=\operatorname{span}\left\{\binom{1}{0}\right\}
であり、次元は 1 である。したがって \mathbb R^2 の基底を固有ベクトルだけで構成できない。
しかし
(A-I)^2=0
であるため、一般化固有ベクトルを導入すると構造を記述できる。
この例では v_1=e_1、v_2=e_2 とすると
(A-I)v_1=0,\qquad (A-I)v_2=v_1
である。したがって v_1,v_2 は長さ 2 のジョルダン鎖を構成する。v_2 は固有ベクトルではないが、A-I を 1 回作用させると固有ベクトルへ移行する。この構成が、不足した固有ベクトルを一般化固有ベクトルで補完する仕組みである。
数値計算上の注意
ジョルダン標準形は、理論上は強力である。ただし数値計算では不安定になりやすい。そのため実際の計算では、特異値分解やシュール分解が選択されることが多い。
判定基準
- 固有ベクトルが不足するとき、一般化固有ベクトルを導入する。
- ジョルダンブロックの大きさが 1 だけなら対角化可能である。
- 最大のブロックサイズは最小多項式の重根の指数に対応する。
- ジョルダン標準形は、ブロックの順序を除いて一意である。
どこまで成り立つか
ジョルダン標準形は、特性多項式が一次因子に分解する体の上で記述される。実数だけでは複素固有値が現れる場合があるため、複素数へ拡張して考察することが標準である。
最終形
\boxed{P^{-1}AP=J}
\boxed{J_k(\lambda)=\lambda I+N,\quad N^k=0}
\boxed{\text{diagonalizable}\iff \text{all Jordan blocks have size }1}
\boxed{(A-\lambda I)v_j=v_{j-1}\quad\text{がジョルダン鎖を定める}}
一言でいうと
- ジョルダン標準形は、対角化できない行列を、固有値と冪零成分に分解して記述する標準形である。