剛体のつり合いの基本
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導入
この講義の核心は、剛体のつり合いには「合力が 0」と「任意の点まわりの力のモーメントの和が 0」の2条件が必要かつ十分であることである。質点では力の和だけを見れば十分だった。しかし剛体は回転もできるため、並進のつり合いだけでは不十分である。作用点が違えば同じ力でも回転効果が異なる。
このページで解けるようになること
- 棒・はしご・板などの剛体静力学問題を立式する
- 支点や接点を基準点に選んで不要な未知数を消す
- 重心を用いて自重の作用点を決める
- 静止条件と未知数の数を照合する
方針
自由体図を描いて全ての力を切り出し、まず並進の条件 \sum F_x=0,\ \sum F_y=0 を書く。そのうえで、未知反力を消したい点を基準点に選んで \sum\tau_O=0 を立てる。この点選択が計算を楽にする。
適用条件
- このページの本線は静止している剛体、または準静的に扱える状況である
- 変形は無視し、剛体として近似する
- 平面内の問題を前提とし、モーメントは時計回り・反時計回りの符号で管理する
用語と定義
剛体
剛体とは、力を加えても変形しない理想的な物体である。内部の任意の 2 点の距離が変化しない。「剛」という命名:rigid(硬い・変形しない)の訳。実際の物体は弾性変形するが、変形が無視できる場合に剛体で近似する。
力のモーメント
点 O のまわりの力のモーメントは
\tau = r \cdot F \cdot \sin\theta = F_\perp \cdot r = F \cdot r_\perp
ここで \theta は \vec{r} と \vec{F} のなす角、F_\perp は腕に垂直な力の成分、r_\perp(「腕の長さ」)は力の作用線から O への垂直距離。符号の約束:反時計回りを正(+)、時計回りを負(−)とするのが一般的。定義が実現する性質:同じ力でも作用点が O から遠いほどモーメントが大きい。作用線が O を通る力のモーメントは 0。
静力学の 2 条件の意味
| 条件 | 式 | 意味 |
| 並進のつり合い | \sum \vec{F} = \vec{0} | 剛体が平行移動しない |
| 回転のつり合い | \sum \tau_O = 0 | 剛体が点 O のまわりで回転しない |
2条件を同時に満たすとき剛体は静止する。
直感的な説明
扉を押すとき、蝶番に近いほど開けにくく、端ほど開けやすい。これは腕の長さ r_\perp が大きいほどモーメントが大きくなるからである。重心が支持基底の内側にあると倒れず、外側に出ると倒れる—これがモーメントの観点から安定を判定する方法である。
三力だけでつり合う剛体
剛体に働く力が 3 本だけで、かつ互いに平行でないとき、つり合いが成り立つなら、その 3 本の作用線は 1 点で交わる。もし 2 本の作用線の交点を O とすると、その 2 本のモーメントは O まわりで 0 である。残る 1 本の作用線が O を通らなければ、モーメントが残って回転してしまう。
この見方は、はしごや棒に 3 力だけが働く問題で、反力の向きを幾何学的に決めるときに有効である。
厳密な説明
1. つり合いの 2 条件の導出
剛体が静止しているとき \vec{a} = 0、\alpha = 0。重心の運動方程式(M\vec{a} = \sum \vec{F})より
\sum \vec{F} = \vec{0}
任意の点 O まわりの角運動量の方程式(\frac{d\vec{L}}{dt} = \vec{\tau})より \frac{d\vec{L}}{dt} = 0 なので
\sum \tau_O = 0
重要な点:モーメントの条件はどの点 O を選んでも同値である(並進のつり合いが成立している限り)。したがって O を自由に選べる。
2. 立式の手順
- 自由体図を描く:全ての力(重力・垂直抗力・張力・摩擦力)を矢印で描く
- 座標を設定する(水平 x・鉛直 y)
- \sum F_x = 0、\sum F_y = 0 を立式する
- 未知の力が多く交わる点を O に選び \sum \tau_O = 0 を立式する
- 連立方程式を解く
3. 点の選び方
基準点 O は任意に選べるが、実戦では次の方針が有効である。
- 未知反力が集中する支点を選ぶ
- その点を通る力のモーメントを 0 にして未知数を減らす
- 重力や張力など、位置が明確な力を残す
4. 具体例:一様な棒を 2 点で支える
長さ L、質量 M の一様な棒を両端から a、b(a + b = L)の位置で支える。支持力を N_1(左端から a)、N_2(左端から a + b = L)とすると:鉛直のつり合い:
N_1 + N_2 = Mg
N_1 の作用点まわりのモーメント:
N_2 \cdot b - Mg \cdot \left(\frac{L}{2} - a\right) = 0
N_2 = \frac{Mg(L/2 - a)}{b}、N_1 = Mg - N_2。重心が 2 点の内側にある(a < L/2 < a + b)とき、N_1 > 0・N_2 > 0 となりつり合いが実現する。
5. 具体例:はしごの問題
長さ L、質量 M のはしごを壁(滑らか)に立てかける(床との角は \theta)。作用する力:重力 Mg(重心)、床の垂直抗力 N、床の摩擦力 f、壁の垂直抗力 R(壁は滑らかなので摩擦なし)。水平のつり合い:R = f
鉛直のつり合い:N = Mg
床接点まわりのモーメント(R・f・N のモーメントが 0 になる点を選ぶ):
R \cdot L\sin\theta - Mg \cdot \frac{L}{2}\cos\theta = 0
R = \frac{Mg\cos\theta}{2\sin\theta} = \frac{Mg}{2\tan\theta}
滑らない条件:f \le \mu_s N、すなわち R \le \mu_s Mg、つまり \tan\theta \ge \frac{1}{2\mu_s}(傾斜が十分急であること)。
6. 安定と支持基底
剛体が倒れないためには重心の真下が支持基底(接地面積の凸包)の内側にある必要がある。重心が外側に出ると、重力のモーメントが倒れる方向に作用し復元力がなくなる。
見分け方
- 棒・はしご・板・てこ・橋などが登場したら → 剛体のつり合い
- 力が 3 個以上、方向が多様 → \sum F_x = 0・\sum F_y = 0・\sum \tau_O = 0 の 3 本を立式する
- 未知数が多い → O を未知の力の交点に選ぶとモーメント式に未知数が減る
- 「倒れるか」 → 重心の真下が支持基底の内側か外側かを確認する
このページでは扱わないこと
- 回転しながら動く剛体の運動方程式
- 慣性モーメントを使う動力学
- 角運動量保存を使う非静的な問題
転倒の境界条件
剛体が複数の接点で支えられているとき、転倒の直前にはどれか 1 つの接点の垂直抗力が 0 になる。床や支点は押すことはできても引くことはできないので、反力が負になる解は物理的に実現しない。
計算では、まず接触が保たれていると仮定して反力を求める。結果として N=0 になった条件が転倒や浮き上がりの境界であり、N<0 ならその接触はすでに失われている。
モーメントの符号を決める手順
モーメントの符号は、力そのものの向きではなく、基準点まわりに回そうとする向きで決める。
- 基準点 O を決める
- 力の作用線を延長する
- その力だけが働いたら O まわりに時計回りか反時計回りかを判断する
- 最初に決めた正の回転方向に合わせて符号を付ける
腕の長さだけを見て符号を決めると誤りやすい。符号は必ず「どちらへ回そうとするか」で決める。
力の作用線で考える
モーメントを計算するとき、力の作用点だけでなく作用線を見ると見通しがよい。作用線が基準点 O を通る力は、O まわりのモーメントが 0 である。
未知の力が多い問題では、複数の未知力の作用線が交わる点を基準点に選ぶと、それらのモーメントを同時に消せる。支点や接点を基準点に選ぶ理由は、計算を楽にするだけでなく、未知数を式から消すためである。
どこまで成り立つか
剛体の仮定(変形なし)が成立する範囲で適用できる。弾性体や塑性変形を伴う場合は変形の効果を別途考慮する。モーメントの条件は任意の O で成立するが、全ての O のモーメント式が独立しているわけではない(独立な条件は平面問題で 3 本)。
よくある誤り
- 支点を基準点に選ばず、不要な未知数を残したまま計算する
- 重力の作用点を重心ではなく端に置く
- モーメントの符号を途中で変える
- 静止問題なのに ma や I\alpha を混ぜる
最終形
並進のつり合いは合力で、回転のつり合いは任意の点 O まわりの力のモーメントで判定する。
\boxed{\sum \vec{F} = \vec{0}}
\boxed{\sum \tau_O = 0}
点 O をどこに選んでもよいのは、並進のつり合い \sum\vec{F}=\vec{0} が同時に成り立つからである。基準点を移すとモーメントの和には「移動した位置ベクトル \times 合力」が加わるが、合力が 0 ならその差は消える。
一言でいうと
剛体のつり合いは並進と回転の両方を同時に止める 2 条件であり、モーメントの基準点は未知数を消すように自由に選べる。
文字式の単位
剛体のつり合いでは、力 F\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] と腕の長さ r\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] から、力のモーメント \tau\ [\mathrm{N\,m};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] が決まる。\tau=rF\sin\theta\ [\mathrm{N\,m};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] では、\theta\ [\mathrm{rad};\ \mathsf{1}] は向きだけを表し、単位は [\mathrm{N\,m}] になる。
力のつり合い \sum F=0 では各項が [\mathrm{N}]、モーメントのつり合い \sum \tau=0 では各項が [\mathrm{N\,m}] である。力の式とモーメントの式を足し合わせてはいけないのは、単位が違うからである。
基準点の選び方で未知数を減らす
剛体の問題では、力のつり合いだけでは未知数が残ることが多い。そのときは、未知の反力が作用する点を基準点にしてモーメントを取る。作用線が基準点を通る力は、腕の長さが 0\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] なので、その点まわりのモーメントを作らない。
たとえば支点 O の反力が水平成分と鉛直成分をもつときでも、O まわりにモーメントを取れば、その 2 つを同時に消せる。残った力について、\tau=rF\sin\theta\ [\mathrm{N\,m};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] を符号つきで足し合わせる。
転倒とすべりの競合
物体が倒れるか、すべるかは、別々の条件で判定する。すべりの境界は静止摩擦力 f_s\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] が最大値 \mu_s N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] に達する条件である。転倒の境界は、垂直抗力の作用線が支持面の端を通る条件である。
どちらが先に起こるかは、両方の臨界条件を比べて決める。摩擦が小さければ倒れる前にすべることが多い。支持面が狭く重心が高い物体では、すべる前に転倒しやすい。
腕の長さは垂線距離である
力のモーメントを計算するときの腕の長さは、基準点から作用点までの距離そのものではない。基準点から力の作用線へ下ろした垂線の長さである。
力 F\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] と腕の長さ d\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] を使えば、モーメントの大きさは Fd\ [\mathrm{N\,m};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] である。斜めの力をそのまま扱いにくいときは、力を成分に分けるか、作用線までの垂線距離を使う。どちらで計算しても同じ結果になる。
支点反力を成分で置く
支点が力の向きを自由に変えられるときは、大きさと角度で置くより、成分 R_x\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、R_y\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] で置くと式が安定する。剛体の平面問題では
\sum F_x=0,\qquad
\sum F_y=0,\qquad
\sum \tau=0
の 3 本が基本である。未知数が 3 つを超えるなら、接触条件や摩擦条件など追加の情報が必要になる。
支点や接点の反力の向きが分からないときは、無理に 1 本の斜めの力として置かず、水平成分 R_x\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] と鉛直成分 R_y\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] に分ける。式を解いた結果、どちらかが負になれば、仮定した正の向きと逆向きに働いていたと読める。
反力を成分で置くと未知数は増えるが、向きの誤解は減る。未知数が増えた分は、モーメントの基準点を選んで不要な反力を消すことで処理する。
主要文字式の単位確認
剛体では、力 F\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、腕の長さ d\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]、力のモーメント \tau\ [\mathrm{N\,m};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] を区別する。Fd\ [\mathrm{N\,m};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] はモーメントであり、仕事 W\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] と同じ次元をもつが、意味は回転させる作用である。
力のつり合いでは各項が [\mathrm{N}]、モーメントのつり合いでは各項が [\mathrm{N\,m}] でそろう。R_x\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、R_y\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] のような支点反力の成分は力なので、モーメントに入れるときは腕の長さ [\mathrm{m}] を掛ける。
数式内での単位明示
力のモーメントは
\tau = r \times F \times \sin\theta
である。力のつり合いでは各項が \mathrm{N}、モーメントのつり合いでは各項が \mathrm{N\,m} でそろう。
剛体問題の解法テンプレート
剛体のつり合いでは、まず力をすべて描く。重力 Mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、支点反力、接触力、張力 T\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] のように、剛体に働く力だけを自由体図に残す。
次に、未知数を減らせる基準点を選ぶ。未知の反力の作用線が通る点を基準点にすれば、その反力のモーメントは 0\ [\mathrm{N\,m};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] になる。
最後に、力のつり合いとモーメントのつり合いを分けて立てる。力の式の各項は [\mathrm{N}]、モーメントの式の各項は [\mathrm{N\,m}] である。単位が違う式を混ぜない。
荷重が分布している場合
分布荷重 w(x)\ [\mathrm{N/m};\ \mathsf{MT^{-2}}] は、そのまま 1 個の力ではなく、長さあたりの力である。全荷重は
W
=\int w(x)dx
で求める。作用点は荷重分布の重心であり、
x_W
=\frac{\int xw(x)dx}{\int w(x)dx}
と読める。分子は [\mathrm{N\,m}]、分母は [\mathrm{N}] なので、作用点は [\mathrm{m}] で表される。
剛体に働く重力は、本当は物体の各部分に分布して働く。しかし一様な重力場では、その合力を重心に作用する Mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] として扱える。ここで、M\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}] は全質量である。
橋や梁のように、長さに沿って荷重が分布している場合も、合力とその作用位置を求めれば、剛体のつり合いとして扱える。一様分布荷重なら、合力は全荷重であり、作用位置は分布している区間の中央である。
この置き換えでは、合力 F\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] だけでなく、作用位置までの距離 d\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] も必要である。モーメントは Fd\ [\mathrm{N\,m};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] として効くため、同じ合力でも作用位置が変われば回転への影響は変わる。