力のつり合いと運動の法則
導入
このページの核心は、対象とする物体を 1 つに固定し、その物体の運動状態から式を選ぶことである。力学で最初に崩れやすいのは、公式の暗記ではなく、「どの物体にどの力が作用しているか」の切り分けである。対象を固定し、自由体図を作り、加速度が 0 かどうかを判定すれば、用いるべき式は
\sum\vec{F}=\vec{0},\qquad \sum\vec{F}=m\vec{a}
左の式は静止や等速直線運動の場合であり、右の運動方程式に a=0 を入れた特別な形である。したがって、最初に見分けるべきことは「力があるかないか」ではなく、「加速度を 0 と置けるか」である。
このページで解けるようになること
- つり合いと運動方程式の使い分け
- 自由体図から成分式へ落とす手順
- 作用・反作用の対と、同一物体上の力の区別
- 張力、垂直抗力、重力を含む基本問題の立式
自由体図の確認リスト
自由体図を描くときは、次の順で確認すると抜けが少ない。
- 対象とする物体を 1 つに決める
- 重力を必ず描く
- 接触している面ごとに、垂直抗力と摩擦力の有無を判定する
- 糸やばねがあれば、張力や弾性力を作用方向つきで描く
- 作用・反作用の相手側の力を、同じ自由体図に入れない
自由体図の目的は、力を多く描くことではなく、その物体にはたらく外力だけを過不足なく描くことである。
代表的な力の一覧
| 力 | 大きさ | 向き | 注意 |
| 重力 | mg | 鉛直下向き | 地表付近の近似 |
| 垂直抗力 | 未知 | 接触面に垂直 | 面は押すだけで引かない |
| 張力 | 未知 | 糸に沿って引く向き | 軽い糸では同じ糸の張力は等しい |
| 動摩擦力 | \mu_k N | 相対運動に逆らう | 滑っているときだけ使う |
| 静止摩擦力 | |f_s|\le\mu_sN | 相対運動しようとする向きに逆らう | 必要なだけ出る |
| ばねの力 | kx | 自然長へ戻す向き | x は自然長からの変位 |
この表の大きさを暗記しても、対象の物体にはたらいていない力を描けば誤る。力は種類よりも、まず作用相手で判断する。
未知の力の向きを仮定する
張力、垂直抗力、摩擦力の向きが迷うときは、最初に仮の向きを決めて変数を置いてよい。式を解いた結果が正なら仮定した向きで正しく、負なら実際の向きは逆である。
ただし、垂直抗力や張力には物理的な制約がある。垂直抗力は面が押す力なので N<0 にはならない。糸の張力も引く力なので、軽い糸の理想化では T<0 は糸がたるむことを意味する。
何を解くページか
本線は、1 物体に対して
\sum\vec{F}=m\vec{a}
を立てることである。静止や等速運動なら m\vec{a}=\vec{0} に落ちる。したがって、本質は「別公式が二つある」のではなく、同じ式の右辺が 0 かどうかである。
方針
解法の順序は次のように固定する。この順序は、静止の問題でも加速する問題でも変わらない。
- 対象とする物体を 1 つ決める
- その物体に働く力だけを自由体図にする
- 軸を決める
- ベクトル式を成分式へ落とす
- つり合いか運動方程式かを適用する
このページで最も危険なのは、対象を曖昧にしたまま「力の対」を相殺してしまうことである。作用・反作用は別の物体に働くため、1 つの自由体図の中で消してはならない。
適用条件
- Newton の法則は慣性系で用いる
- つり合い \sum\vec{F}=\vec{0} は静止だけでなく等速直線運動にも適用する
- ここでは質量一定の範囲で m\vec{a}=\sum\vec{F} を用いる
用語と定義
力
力は物体の運動状態を変える原因である。単位は
=
である。
合力
ある 1 物体に働くすべての力のベクトル和である。運動を決めるのは個々の力そのものではなく、その合力である。
運動方程式
m\vec{a}=\sum\vec{F}
である。
垂直抗力
接触面が物体を面に垂直な方向へ押し返す力である。
張力
糸や紐が物体を引く力である。理想糸では糸に沿う方向にのみ働く。
何を最初に見分けるか
- 加速度が 0 かどうか
- どの方向に運動が起こるか
- 力を分解したほうがよいか
この判定が済む前に式を書き始めると、符号と方向の混乱が起こる。
直感的な説明
力のつり合いと運動方程式は、別々の話ではない。合力が 0 なら速度は変化せず、合力が 0 でなければ速度の変化、すなわち加速度が生じる。この見方では、つり合いは「止まっている物体だけの特別な公式」ではなく、運動方程式の右辺が 0 になった場合である。
厳密な説明と基本式
1. つり合い条件
静止または等速直線運動なら
\vec{a}=\vec{0}
であるから
\boxed{\sum\vec{F}=\vec{0}}
を得る。ここで重要なのは、つり合いは「止まっていること」ではなく「加速度が 0 であること」だという点である。
2. 運動方程式
加速度があるなら
\boxed{\sum\vec{F}=m\vec{a}}
をそのまま用いる。速度の向きと加速度の向きは一致しなくてもよい。たとえば減速中なら速度と加速度は逆向きでありうる。
3. ベクトル式から成分式へ
軸を x,y と決めたら
\sum F_x=ma_x,\qquad \sum F_y=ma_y
と成分に落とす。したがって、正しい順序はベクトルで立てる → 軸を決める → 成分に落とすである。
作用・反作用の区別
Newton の第 3 法則によれば、A が B を押す力と、B が A を押す力は大きさが等しく向きが反対である。しかし、この 2 つは別の物体に働く。したがって、1 物体の運動方程式の中で相殺してはならない。
典型例
- 床が物体を押す力
- 物体が床を押す力
は作用反作用の対である。しかし、前者は物体に、後者は床に働く。物体だけを取り出すなら、式に入るのは前者だけである。また、
はしばしば大きさが等しくなるが、作用反作用の対ではない。いずれも同一物体に働くからである。
具体例 1: 水平面上の物体
質量 m の物体が水平面上で静止している。鉛直方向だけを考えると
N-mg=0
であるから
N=mg
を得る。ここで「静止しているから N=mg」なのではなく、「鉛直方向の加速度が 0 だから N-mg=0」なのである。
具体例 2: つり下げられた物体
質量 m の物体が糸で静止してつり下げられているとする。上向きを正とすると
T-mg=0
ゆえに
T=mg
である。
具体例 3: エレベーター内の物体
質量 m の物体がエレベーター内で上向き加速度 a をもつとする。上向きを正とすると
N-mg=ma
より
N=m(g+a)
となる。ここで N が「見かけの重さ」である。下向き加速度なら a の符号が変わるだけである。
このページでは解けない問題
- 衝突の前後を一気に比べたい → 運動量のページへ進む
- 時間を消して速さだけ求めたい → 仕事とエネルギーのページへ進む
- 回転が絡む → 剛体・回転運動のページへ進む
どこまで成り立つか
- 慣性系でのみ、そのままの形で用いる
- 質量が変化する系では m\vec{a} より \dfrac{d\vec{p}}{dt} の形に戻る
- つり合い条件は各方向ごとに確認する必要がある
よくある誤り
- つり合いを「静止だけ」と思い込む
- 作用反作用の対を同一物体上で相殺する
- 軸を決める前に成分式を書き始める
- 速度の向きだけで、加速度の向きを決めてしまう
まとめ
力学の出発点は、自由体図と運動状態の判定である。加速度が 0 ならつり合い、そうでなければ運動方程式である。これを一貫して守ることが、後続のエネルギー、運動量、回転の各ページの土台になる。
力の分解で式を減らす
運動方程式は、成分ごとに立てる。加速度がある向きと、それに垂直で加速度がない向きを先に選ぶと、式の数と未知数の関係が見えやすい。
たとえば斜面では、斜面に平行な方向と垂直な方向を軸にする。垂直方向には物体が飛び出さない限り加速度がないので、垂直抗力を先に求められる。座標軸は水平・鉛直に固定するものではなく、運動を簡単に表すために選ぶものである。
文字式の単位
運動方程式
\sum F=ma
では、\sum F\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、m\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}]、a\ [\mathrm{m/s^2};\ \mathsf{LT^{-2}}] である。したがって ma\ [\mathrm{kg\,m/s^2};\ \mathsf{MLT^{-2}}]=[\mathrm{N}] となり、左辺と右辺は力の単位でそろう。
垂直抗力 N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、張力 T\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、摩擦力 f\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、重力 mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] は、すべて力として同じ単位をもつ。重力加速度 g\ [\mathrm{m/s^2};\ \mathsf{LT^{-2}}] は力ではなく加速度であり、m\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}] と掛けてはじめて mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] になる。
接触力を書く基準
自由体図では、物体に直接触れているもの、または場として作用しているものだけを力として書く。机の上の物体なら、重力 mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、垂直抗力 N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、摩擦力 f\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] が候補になる。速度や加速度は力ではないので、矢印として描いても力の一覧には入れない。
接触力は、接触が失われると消える。垂直抗力 N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] を求めて N<0 になったなら、その仮定は破綻している。面は物体を引けないからである。この判定は、円運動の最高点や剛体の転倒でも同じ考え方で使える。
力の式と条件式を分ける
運動方程式は力と加速度を結ぶ式である。一方、糸が伸びない、面から離れない、すべらない、という条件は幾何や接触の式である。この 2 種類を混ぜないことが重要である。
たとえば「すべらない」は摩擦力が必ず |f_s| \le \mu_s N であるという意味ではない。相対運動が 0 であるという条件を満たすために、必要なだけの静止摩擦力 f_s\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] が出るという意味である。
式を立てる前に、自分が書こうとしているものが力の法則なのか、運動を制限する条件なのかを分ける。
| 種類 | 例 | 単位の見方 |
| 力の式 | \sum F=ma | 各項は [\mathrm{N}] |
| 幾何条件 | x_1+x_2=L | 各項は [\mathrm{m}] |
| 速度条件 | v_1=v_2 | 各項は [\mathrm{m/s}] |
| 接触条件 | N\ge 0、|f_s|\le \mu_s N | 力として [\mathrm{N}] |
未知数が多いときは、力の式を増やすだけでは足りないことがある。糸の長さ、すべらないこと、接触の有無のような条件を別に数えると、式の本数と未知数の関係が見えやすくなる。
自由体図の誤答パターン
自由体図で多い誤りは、運動の向きに力を勝手に追加することである。物体が右へ動いていても、右向きの力が必ず働いているとは限らない。等速で動いているなら合力は 0\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] である。
もう 1 つの誤りは、作用反作用の 2 力を同じ自由体図に描くことである。物体 A が B を押す力と、B が A を押す力は、別々の物体に働く。自由体図には、選んだ物体に働く力だけを描く。
符号を結果として受け取る
未知の力の向きは、最初に仮定してよい。計算の結果が負なら、その力は仮定と逆向きに働いていたという意味である。負の値が出たからといって、ただちに計算が間違いとは限らない。
ただし、垂直抗力 N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] や張力 T\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] のように、押すだけ、または引くだけの力には物理的な制限がある。N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] が負なら接触は失われ、T\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] が負なら糸はたるむ。この場合は、仮定した状況を作り直す。
負の答えは、いつも計算ミスを意味するわけではない。成分として置いた力なら、仮定した向きと逆だったと読める。しかし、接触や糸のように片側にしか働けない力では、状況そのものが変わる。
主要文字式の単位確認
質量 m\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}]、加速度 a\ [\mathrm{m/s^2};\ \mathsf{LT^{-2}}]、合力 \sum F\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] を使うと、ma\ [\mathrm{kg\,m/s^2};\ \mathsf{MLT^{-2}}] は [\mathrm{N}] と同じ単位になる。運動方程式では、左辺も右辺も力の単位 [\mathrm{N}] でそろえる。
垂直抗力 N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、張力 T\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、摩擦力 f\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}]、重力 mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] はすべて力である。摩擦係数 \mu は無次元なので、\mu N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] は力の単位をもつ。
数式内での単位明示
運動方程式は
\sum F = m \times a
である。ma は \mathrm{kg\,m/s^2}、すなわち \mathrm{N} であり、左辺と右辺は同じ単位になる。
重力、垂直抗力、張力、摩擦力は、すべて力として同じ単位をもつ。
mg,\qquad
N,\qquad
T,\qquad
f
加速度から力を逆算する
運動が先に分かっている問題では、力を足してから加速度を求めるのではなく、必要な合力を逆算してよい。
\sum F
=ma
たとえば円運動なら、半径方向に必要な合力は
\sum F_r
=m\frac{v^2}{r}
である。自由体図で実在する力を並べ、その半径方向の合計がこの値になるように式を立てる。
運動方程式は、力から加速度を求めるだけでなく、観測された加速度から合力を逆算するためにも使える。質量 m\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}] の物体が加速度 a\ [\mathrm{m/s^2};\ \mathsf{LT^{-2}}] で動くなら、合力は ma\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] である。
この見方を使うと、エレベーターの見かけの重さや、円運動で必要な向心力を整理しやすい。体重計が示すのは重力 mg\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] そのものではなく、床から受ける垂直抗力 N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] である。上向きに加速すれば N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] は大きくなり、下向きに加速すれば小さくなる。
結果を読むときは、N\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] や T\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] が負になっていないかを確認する。接触や糸の張りは、力の向きに制限をもつからである。
軽い糸と軽い滑車の意味
問題文で糸が軽いとされるとき、糸の質量を 0 とみなす。そのため、糸の各部分に有限な合力が働くと、無限大の加速度になってしまう。これを避けるため、理想的な軽い糸では、途中で張力が急に変わらないと扱う。
なめらかで軽い滑車を通る糸では、糸の両側の張力を同じ T\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] と置く。滑車に質量や慣性モーメントがある場合は、両側の張力が異なり、その差が滑車を回転させる。
この仮定は力の式を単純にする。物体ごとに運動方程式を立てるとき、同じ糸なら同じ T\ [\mathrm{N};\ \mathsf{MLT^{-2}}] と書けるかを問題文から確認する。