シフト作用素と漸化式
mathsequencerecurrenceshift-operatorlinear-operatorlecture
1導入
この講義では、差分、和分、漸化式を、列を 1 項前進させるシフト作用素 E によって統一的に記述する。
差分はシフト後の列と元の列の差であり、和分はその逆問題である。また、定数係数線型漸化式はシフトした列の線型結合として表現できる。したがって、中心的な作用素は
(Ea)_n=a_{n+1}
である。
この解釈により、漸化式は単なる項の更新規則ではなく、
P(E)a=b
という線型作用素方程式になる。
2用語と定義
列 a=(a_n) 全体からなる空間を考える。必要に応じて、両側無限列 (a_n)_{n\in\mathbb Z} や片側列 (a_n)_{n\ge0} を使う。ここでは、添字が定義できる範囲で議論する。
シフト作用素 E を
(Ea)_n=a_{n+1}
で定義する。
恒等作用素 I は
(Ia)_n=a_n
である。
前進差分 \Delta は
(\Delta a)_n=a_{n+1}-a_n
である。したがって
\Delta=E-I
である。
この規約は Z 変換の講義と一致し、両側 Z 変換では E が z による乗算へ対応する。
3方針
この講義では、次の順に確認する。
- E が線型作用素であることを証明する。
- \Delta=E-I から差分公式を導く。
- \Delta F=f を和分、すなわち差分の逆問題として定式化する。
- 定数係数線型漸化式を P(E)a=b と書く。
- r^n が E の固有列であることから、特性方程式を導く。
この順序により、各手法の採用理由を作用素の構造から説明できる。
個別の入試型や、固定点・階差・和の消去・連立化・帰納法への使い分けは、次の講義で整理する。
data/lecture/math/sequence/recurrence-types-and-strategies.lecture.n.md
data/lecture/math/linear-operator/linear-operator-equation-basics.lecture.n.md
data/lecture/math/linear-operator/polynomial-operators-and-eigenvalue-problems.lecture.n.md
4命題 1:E は線型作用素である
4.1主張
列空間上の E は線型作用素である。
4.2証明
列 a,b とスカラー \alpha,\beta を任意に取る。このとき
\begin{aligned}
(E(\alpha a+\beta b))_n
&=(\alpha a+\beta b)_{n+1}\\
&=\alpha a_{n+1}+\beta b_{n+1}\\
&=(\alpha Ea+\beta Eb)_n
\end{aligned}\begin{aligned}
(E(\alpha a+\beta b))_n
&=(\alpha a+\beta b)_{n+1}\\
&=\alpha a_{n+1}+\beta b_{n+1}\\
&=(\alpha Ea+\beta Eb)_n
\end{aligned}
である。これはすべての n で成立するので
E(\alpha a+\beta b)=\alpha Ea+\beta Eb
である。したがって E は線型である。
5差分は E-I である
前進差分は
(\Delta a)_n=a_{n+1}-a_n
である。一方、
((E-I)a)_n=(Ea)_n-(Ia)_n=a_{n+1}-a_n
である。したがって
\Delta=E-I
である。
ここから、\Delta の線型性も直ちに従う。E と I が線型であるため、その差 E-I も線型である。実際、
\Delta(\alpha a+\beta b)
=(E-I)(\alpha a+\beta b)
=\alpha(E-I)a+\beta(E-I)b
=\alpha\Delta a+\beta\Delta b
である。
6二項定理による高階差分
\Delta=E-I であり、E と I は可換である。したがって
\Delta^m=(E-I)^m
に二項定理を適用できる。
\Delta^m
=
\sum_{k=0}^m
(-1)^k\binom{m}{k}E^{m-k}
である。列 a に作用させると
(\Delta^m a)_n
=
\sum_{k=0}^m
(-1)^k\binom{m}{k}a_{n+m-k}
を得る。
この公式の符号と添字は、(E-I)^m の二項展開によって決定される。
7和分は差分の逆問題である
不定和分の基本問題は
\Delta F=f
を満たす列 F を決定することである。これは
F(n+1)-F(n)=f(n)
を意味する。
n=a,a+1,\ldots,b-1 について両辺を加算すると
\sum_{n=a}^{b-1}f(n)
=
\sum_{n=a}^{b-1}(F(n+1)-F(n))
である。右辺は望遠和なので
\sum_{n=a}^{b-1}f(n)=F(b)-F(a)
を得る。
これは連続の微積分で
\int_a^b F'(x)\,dx=F(b)-F(a)
となることの離散版である。つまり、和分とは \Delta の逆問題である。
8積の差分におけるシフト項
連続微分では積の微分が
(uv)'=u'v+uv'
となる。しかし差分では、ずれが残る。
実際、
\begin{aligned}
\Delta(uv)(n)
&=u(n+1)v(n+1)-u(n)v(n)\\
&=u(n+1)v(n+1)-u(n)v(n+1)\\
&\qquad +u(n)v(n+1)-u(n)v(n)\\
&=v(n+1)(u(n+1)-u(n))+u(n)(v(n+1)-v(n))
\end{aligned}\begin{aligned}
\Delta(uv)(n)
&=u(n+1)v(n+1)-u(n)v(n)\\
&=u(n+1)v(n+1)-u(n)v(n+1)\\
&\qquad +u(n)v(n+1)-u(n)v(n)\\
&=v(n+1)(u(n+1)-u(n))+u(n)(v(n+1)-v(n))
\end{aligned}
である。したがって
\Delta(uv)=(Ev)\Delta u+u\Delta v
である。
右辺の (Ev) は、前進差分が 1 項先の値を含むことを表す。離散計算では、このシフトを省略して連続微分の公式を適用してはならない。
9部分和公式は離散版の部分積分
積の差分公式
\Delta(uv)=u\Delta v+(Ev)\Delta u
を変形すると
u\Delta v=\Delta(uv)-(Ev)\Delta u
である。両辺を和分すると
\sum u\Delta v
=
uv-\sum (Ev)\Delta u
という形式を得る。有限範囲では
\sum_{n=a}^{b-1}u(n)\Delta v(n)
=u(b)v(b)-u(a)v(a)
-\sum_{n=a}^{b-1}v(n+1)\Delta u(n)
が成立する。これは連続の部分積分
\int u\,dv=uv-\int v\,du
の離散版である。
ただし、右辺に v ではなく Ev が現れる。この一項の偏移が、差分法でシフト作用素を明示する理由である。
10漸化式は P(E)a=b である
定数係数線型漸化式
a_{n+k}=c_1a_{n+k-1}+c_2a_{n+k-2}+\cdots+c_ka_n+b_n
を考える。左辺へ集めると
a_{n+k}-c_1a_{n+k-1}-c_2a_{n+k-2}-\cdots-c_ka_n=b_n
である。E を用いると
(E^k-c_1E^{k-1}-c_2E^{k-2}-\cdots-c_kI)a=b
と書ける。
つまり
P(E)a=b
である。ただし
P(t)=t^k-c_1t^{k-1}-c_2t^{k-2}-\cdots-c_k
である。
この段階で、漸化式は一般の線型作用素方程式になっている。したがって
P(E)a=b\text{ is solvable}\iff b\in\operatorname{Im}P(E)
であり、特解 a_p が 1 つ存在すれば
a=a_p+h,\qquad h\in\ker P(E)
である。
11固有列と特性方程式
両側列では r\ne0 とし、片側列では n\ge0 で r^n を定義する。この幾何列に対して
E(r^n)=r^{n+1}=r\,r^n
である。つまり r^n は E の固有列であり、固有値は r である。
したがって
P(E)(r^n)=P(r)r^n
である。よって同次方程式
P(E)a=0
に a_n=r^n が解となる条件は
P(r)=0
である。これが特性方程式である。
特性方程式は、r^n が E の固有列であるために現れる。したがって、定数係数線型漸化式の特性方程式法は、固有値問題の離散版である。
12例:Fibonacci 型漸化式
漸化式
f_{n+2}=f_{n+1}+f_n
は
(E^2-E-I)f=0
である。したがって
P(t)=t^2-t-1
であり、特性方程式は
r^2-r-1=0
である。根は
r_1=\frac{1+\sqrt5}{2},\qquad
r_2=\frac{1-\sqrt5}{2}
である。r_1^n と r_2^n はそれぞれ \ker P(E) に属する。異なる根に対応する 2 列は線型独立である。また、この二階漸化式の解は f_0,f_1 によって一意に決定されるため、解空間は 2 次元である。したがって、これらは解空間の基底をなし、一般解は
f_n=C_1r_1^n+C_2r_2^n
を得る。定数 C_1,C_2 は初期条件で決まる。
ここで重要なのは、r^n を試す理由である。r^n は E の固有列であり、P(E) が P(r) に落ちるからである。
13定数係数と非定数係数の違い
定数係数なら、漸化式は P(E) の形で書ける。係数が定数であるため、E と係数が可換であり、多項式として扱える。
しかし係数が n に依存すると状況が変わる。たとえば
a_{n+1}-n a_n=0
を考える。M を
(Ma)_n=na_n
で定義される掛け算作用素とすると、この方程式は
(E-M)a=0
の形で書ける。しかし一般に
EM\ne ME
である。実際、
(EMa)_n=(Ma)_{n+1}=(n+1)a_{n+1}
だが
(MEa)_n=n(Ea)_n=na_{n+1}
である。
したがって、非定数係数では通常の多項式 P(E) として表現できず、特性方程式法は一般には成立しない。定数係数という仮定は、作用素の可換性を保証する本質的条件である。
14Newton の前進公式(n\ge0)
\Delta=E-I なので
E=I+\Delta
である。したがって
E^n=(I+\Delta)^n
である。I と \Delta は可換なので、二項定理より
E^n=\sum_{k=0}^n\binom{n}{k}\Delta^k
である。
両辺を列 f の 0 番目に作用させると
f(n)=(E^nf)_0
=
\sum_{k=0}^n\binom{n}{k}(\Delta^k f)_0
を得る。これは初期値と初期差分から列を復元する公式である。
15成立範囲
この講義の P(E) 表示は、主に定数係数の線型漸化式に対して有効である。非線型漸化式には線型作用素方程式の構造がない。非定数係数の線型漸化式では、係数作用素とシフト作用素が一般に可換でないため、通常の特性方程式法は適用できない。
また、片側列では E^{-1} が常に自然に定義できるとは限らない。後退差分や両側シフトを扱うときは、列空間をどの添字集合上に置くかを明示する必要がある。
16主要公式
\boxed{(Ea)_n=a_{n+1}}
\boxed{\Delta=E-I}
\boxed{\Delta F=f\quad(\text{indefinite sum problem})}
\boxed{P(E)a=b\quad(\text{constant-coefficient linear recurrence})}
\boxed{E(r^n)=r\,r^n,\qquad P(E)(r^n)=P(r)r^n}
\boxed{P(r)=0\quad(\text{characteristic equation})}
17要約
漸化式は、シフト作用素 E による線型作用素方程式であり、特性方程式は E の固有列 r^n から生じる。
18関連リンク
data/lecture/math/analysis/introduction-to-z-transform.lecture.n.md
data/lecture/math/sequence/sequences-and-recurrences.lecture.n.md
data/lecture/math/sequence/recurrence-types-and-strategies.lecture.n.md
data/lecture/math/sequence/first-order-recurrences.lecture.n.md
data/lecture/math/sequence/difference-equation-basics.lecture.n.md
data/lecture/math/linear-operator/linear-operator-equation-basics.lecture.n.md
data/lecture/math/linear-operator/polynomial-operators-and-eigenvalue-problems.lecture.n.md