行基本変形の基本
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導入
この講義で重要なのは、行基本変形は連立一次方程式の解集合を変えずに係数を整理する操作であるということである。
掃き出し法では、行を操作しても元の方程式と同値な条件を保つ。この同値性を確認しないと、計算手順だけが残り、なぜ解が変化しないのかが不明瞭になる。
用語と定義
行基本変形 とは、次の 3 種類の操作である。
- 2 行を入れ替える。
- 1 行を 0 でない定数で倍する。
- ある行に、別の行の定数倍を加える。
記号では次のように書く。
| 操作 | 記号 | 逆操作 |
| 行の交換 | R_i\leftrightarrow R_j | 同じ交換をもう 1 度行う |
| 行の非零定数倍 | R_i\leftarrow \lambda R_i,\ \lambda\ne0 | R_i\leftarrow \frac{1}{\lambda}R_i |
| 他行の倍の加算 | R_i\leftarrow R_i+\lambda R_j | R_i\leftarrow R_i-\lambda R_j |
3 操作に共通する条件は、逆操作が存在することである。行を 0 倍しないのは、方程式 1 本の情報を消してしまうからである。
方針
行基本変形は、方程式を同値な方程式へ置換する操作として理解する。行は方程式 1 本に対応するため、行の操作は方程式の操作である。
行列としては、行基本変形は左から基本行列を掛ける操作である。
A\longmapsto EA
EA の各行は、A の行たちの線型結合として作られる。つまり、左から掛ける行列は行を作り替える。
data/lecture/math/linear-algebra/連立一次方程式と拡大係数行列-講義.n.md
直感的な説明
2 本の方程式の順序を交換しても、同時に満たす解は変化しない。また、方程式の両辺を 2 倍しても、同じ条件を表す。一方の方程式に他方の定数倍を加えても、元の情報は失われない。
これが、行基本変形で解集合が保持される理由である。
厳密な説明
行の入れ替えは、条件の列挙順序を変更するだけである。0 でない定数倍は、両辺を同じ非零数で割れば元に戻せる。他の行の定数倍を加える操作も、逆にその定数倍を引けば戻せる。
したがって、行基本変形はすべて可逆な操作であり、解集合を変化させない。
行列としての説明
行基本変形は、単位行列に同じ行操作を施して得られる基本行列 E を左から掛ける操作である。
たとえば 2 行 2 列の行列で
R_2\leftarrow R_2-3R_1
を行う基本行列は
E=
\begin{pmatrix}
1&0\\
-3&1
\end{pmatrix}
である。実際、
E
\begin{pmatrix}
R_1\\
R_2
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
R_1\\
R_2-3R_1
\end{pmatrix}
となる。この式は、左から掛ける行列が行の線型結合を作ることを表している。
具体例
\left(\begin{array}{cc|c}
1&2&5\\
3&4&11
\end{array}\right)\left(\begin{array}{cc|c}
1&2&5\\
3&4&11
\end{array}\right)
で、第二行から第一行の 3 倍を引くと
\left(\begin{array}{cc|c}
1&2&5\\
0&-2&-4
\end{array}\right)\left(\begin{array}{cc|c}
1&2&5\\
0&-2&-4
\end{array}\right)
となる。第二行は元の第二方程式から第一方程式の 3 倍を差し引いたものなので、解集合は変化しない。
別の観点
行基本変形は、左から可逆行列を掛ける操作としても解釈できる。このため階数の判定では有効である。ただし行列式は操作ごとに符号や倍率が変化するため、別途追跡が必要である。
列基本変形との比較
| 変形 | 行列での形 | 何を作り替えるか | 主な用途 |
| 行基本変形 | A\mapsto EA | 行、つまり方程式の線型結合 | 連立一次方程式、階段形、逆行列 |
| 列基本変形 | A\mapsto AF | 列、つまり列ベクトルの生成系 | 列空間、階数、行列式の計算 |
Ax=b を解くとき、行基本変形は A と b の両方へ同じ操作を施すことで、同値な方程式へ移る。列基本変形は未知数の係数の組を変えるため、使うなら未知数の変換も追跡しなければならない。
data/lecture/math/linear-algebra/列基本変形の基本-講義.n.md
操作ごとに保存されるもの・変わるもの
行基本変形を A\mapsto EA と書くと、E は可逆行列である。したがって、行の見た目は変わるが、情報の本数は変わらない。この見方で、保存されるものと変わるものを分ける。
| 操作 | 保存されるもの | 変わるもの | 注意 |
| R_i\leftrightarrow R_j | 解集合、階数、行空間、核 | 行の順序、列ベクトルの見た目、\det A の符号 | 正方行列では \det が -1 倍される |
| R_i\leftarrow \lambda R_i,\ \lambda\ne0 | 解集合、階数、行空間、核 | 第 i 行の大きさ、\det A の倍率 | \lambda=0 は情報を消すため禁止である |
| R_i\leftarrow R_i+\lambda R_j | 解集合、階数、行空間、核、\det A | 第 i 行そのもの、列ベクトルの見た目 | 行列式は変わらない |
行空間が保存されるのは、新しい行が元の行の線型結合であり、逆操作で元の行も新しい行から復元できるからである。階数は行空間の次元としても読めるので保存される。
核が保存されることは、
EAx=0\iff Ax=0
から分かる。E が可逆なので、EAx=0 なら左から E^{-1} を掛けて Ax=0 に戻せる。
一方、列空間は同じ集合としては一般に保存されない。EA の列は、A の列に同じ可逆変換 E を適用したものであり、
\operatorname{Col}(EA)=E(\operatorname{Col}(A))
と変わる。ただし E は可逆なので、列空間の次元、つまり階数は変わらない。
行列式への影響は別のページで詳しく扱う。
data/lecture/math/linear-algebra/行列式の計算規則-講義.n.md
階数・行空間・列空間の関係は次のページで確認する。
data/lecture/math/linear-algebra/階数の基本-講義.n.md
よくある誤解
- 行基本変形と列基本変形を混同してはならない。連立方程式の解集合の保持に使う標準操作は行の操作である。
- 0 倍は許されない。情報を消去し、逆操作が存在しないためである。
- 行基本変形で行列式が常に不変だと考えてはならない。
- 左から掛けるか右から掛けるかを暗記だけで処理してはならない。EA は行の線型結合を作り、AF は列の線型結合を作る。
最終形
\boxed{\text{行基本変形は解集合を保つ可逆操作である}}
\boxed{A\mapsto EA}
\boxed{\text{行の交換、非零倍、他行の定数倍の加算}}