基本作用素の例
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1導入
このページの目的は、線型作用素を抽象的な記号のままにせず、具体例で
\ker L,\qquad \operatorname{Im}L
を読む練習をすることである。
方針は常に同じである。
- 定義域と終域を確認する。
- 線型性を確認する。
- \ker L と \operatorname{Im}L を求める。
- Lx=y の可解性と一意性を読む。
この順序を選ぶ理由は、作用素は見た目だけでは危ないからである。微分も積分もシフトも、定義域を決めなければ何に作用しているかが決まらない。定義域と終域が決まると、線型性を確認できる。線型性が確認できると、解の存在は像、自由度は核で読める。
つまり、この順序は形式的なチェックリストではない。方程式を解くために必要な情報を、少ない仮定から順に確定している。
2例 1:恒等作用素
V 上の恒等作用素 I:V\to V を
Ix=x
で定義する。I は何も変えない作用素である。
線型性は
I(\alpha x_1+\beta x_2)=\alpha x_1+\beta x_2=\alpha Ix_1+\beta Ix_2
から従う。
このとき
\ker I=\{0\},\qquad \operatorname{Im}I=V
である。よって
Ix=y
は任意の y\in V に対して一意に解を持ち、その解は x=y である。
また、Iv=1\cdot v なので、0 でない任意の v\in V は I の固有ベクトルであり、固有値は 1 である。
3例 2:零作用素
零作用素 0:V\to W を
0(x)=0_W
で定義する。これはすべての入力を W の零元へ送る作用素である。
線型性は
0(\alpha x_1+\beta x_2)=0_W=\alpha0_W+\beta0_W=\alpha0(x_1)+\beta0(x_2)
から従う。
このとき
\ker 0=V,\qquad \operatorname{Im}0=\{0_W\}
である。したがって
0(x)=y
は y=0_W のときだけ解を持つ。y=0_W なら全ての x\in V が解である。
この例は、像が小さいと解が存在しにくく、核が大きいと解が一意でなくなることを示している。
4例 3:乗法作用素
X を集合、V を X から \mathbb K への関数全体の空間とする。1 つの関数 g:X\to\mathbb K を固定し、乗法作用素 M_g:V\to V を
(M_g f)(t)=g(t)f(t)
で定義する。
線型性を確認する。f_1,f_2\in V、\alpha,\beta\in\mathbb K とすると、任意の t\in X について
\begin{aligned}
(M_g(\alpha f_1+\beta f_2))(t)
&=g(t)(\alpha f_1(t)+\beta f_2(t))\\
&=\alpha g(t)f_1(t)+\beta g(t)f_2(t)\\
&=(\alpha M_gf_1+\beta M_gf_2)(t).
\end{aligned}\begin{aligned}
(M_g(\alpha f_1+\beta f_2))(t)
&=g(t)(\alpha f_1(t)+\beta f_2(t))\\
&=\alpha g(t)f_1(t)+\beta g(t)f_2(t)\\
&=(\alpha M_gf_1+\beta M_gf_2)(t).
\end{aligned}
すべての t で等しいので
M_g(\alpha f_1+\beta f_2)=\alpha M_gf_1+\beta M_gf_2
である。
M_g f=0 とは、すべての t\in X で
g(t)f(t)=0
となることである。したがって g(t)\ne0 の点では f(t)=0 でなければならない。一方、g(t)=0 の点では f(t) は自由である。
全ての関数を許す空間では
\operatorname{Im}M_g=\{h\in V\mid g(t)=0\Rightarrow h(t)=0\}
である。なぜなら、h=M_gf なら g(t)=0 の点では h(t)=0 であり、逆にその条件を満たす h に対しては、g(t)\ne0 で f(t)=h(t)/g(t)、g(t)=0 で f(t)=0 と定義すれば M_gf=h となるからである。
5例 4:微分作用素
区間 [a,b] 上の C^1 関数全体を C^1[a,b]、連続関数全体を C[a,b] とする。微分作用素
D:C^1[a,b]\to C[a,b],\qquad Df=f'
を考える。
線型性は微分の基本公式から
D(\alpha f+\beta g)=(\alpha f+\beta g)'=\alpha f'+\beta g'=\alpha Df+\beta Dg
である。
Df=0 は f'=0 を意味する。したがって
\ker D=\{\text{定数関数}\}
である。
また、任意の q\in C[a,b] に対して
F(x)=\int_a^x q(t)\,dt
と置けば、微分積分学の基本定理より F'=q である。したがって
\operatorname{Im}D=C[a,b]
である。
方程式 Df=q、すなわち f'=q の一般解は
f(x)=\int_a^x q(t)\,dt+C
である。ここで C が出る理由は、\ker D が定数関数だからである。
data/lecture/math/calculus/fundamental-theorem-of-calculus.lecture.n.md
6例 5:積分作用素
連続関数 f\in C[a,b] に対して
(Jf)(x)=\int_a^x f(t)\,dt
で定義される作用素 J:C[a,b]\to C^1[a,b] を考える。
線型性は積分の線型性から
\begin{aligned}
J(\alpha f+\beta g)(x)
&=\int_a^x(\alpha f(t)+\beta g(t))\,dt\\
&=\alpha\int_a^x f(t)\,dt+\beta\int_a^x g(t)\,dt\\
&=(\alpha Jf+\beta Jg)(x)
\end{aligned}\begin{aligned}
J(\alpha f+\beta g)(x)
&=\int_a^x(\alpha f(t)+\beta g(t))\,dt\\
&=\alpha\int_a^x f(t)\,dt+\beta\int_a^x g(t)\,dt\\
&=(\alpha Jf+\beta Jg)(x)
\end{aligned}
である。
Jf=0 なら、すべての x で \int_a^x f(t)\,dt=0 である。これを x で微分すると f(x)=0 である。したがって
\ker J=\{0\}
であり、J は単射である。
像は
\operatorname{Im}J=\{F\in C^1[a,b]\mid F(a)=0\}
である。実際、F=Jf なら F(a)=\int_a^a f(t)\,dt=0 である。逆に F\in C^1[a,b] かつ F(a)=0 なら、f=F' と置けば
Jf(x)=\int_a^x F'(t)\,dt=F(x)-F(a)=F(x)
である。
したがって Jf=F が解を持つ条件は F(a)=0 であり、解があるときは一意で f=F' である。
7例 6:シフト作用素と差分作用素
片側列 a=(a_0,a_1,a_2,\ldots) の空間を考える。シフト作用素 E を
(Ea)_n=a_{n+1}
で定義する。
線型性は
(E(\alpha a+\beta b))_n
=\alpha a_{n+1}+\beta b_{n+1}
=(\alpha Ea+\beta Eb)_n
から従う。
Ea=0 とは a_{n+1}=0 がすべての n\ge0 で成立することである。したがって
\ker E=\{(a_0,0,0,\ldots)\mid a_0\in\mathbb K\}
である。像は片側列の全体である。なぜなら、任意の b=(b_0,b_1,\ldots) に対して、a_{n+1}=b_n と置けば Ea=b であり、a_0 は自由に選べるからである。
さらに
\Delta=E-I
で定義される作用素を差分作用素という。このとき
(\Delta a)_n=a_{n+1}-a_n
である。\Delta a=0 は a_{n+1}=a_n を意味するので、
\ker\Delta=\{\text{定数列}\}
である。
方程式 \Delta a=b は
a_{n+1}-a_n=b_n
であり、和を取ると
a_n=a_0+\sum_{j=0}^{n-1}b_j
となる。ここで a_0 が任意に残る理由は、\ker\Delta が定数列だからである。
data/lecture/math/sequence/shift-operators-and-recurrences.lecture.n.md
9一言でいうと
作用素の見た目が変わっても、読むべき対象は同じである。解が存在するかは像、自由度は核で決まる。