演算子と観測量
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なぜ観測量を演算子で表すのか
この講義の中心的な問いは、測定できる量を、なぜ単なる数ではなく演算子として置くのかである。
波動関数は、電子の状態を表す。状態だけを見ても、位置、運動量、エネルギーの値が直接書いてあるわけではない。測定したい量を取り出すには、その量に対応する作用を波動関数へ与える必要がある。
この作用が演算子である。たとえば、一粒子の位置は
x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]
であり、位置に対応する演算子は関数に x を掛ける作用として読める。
\hat x\psi(x)=x\psi(x)
一方、運動量は波の振動の細かさに関係する。そのため、位置での微分を含む演算子で表す。
\hat p_x=-i\hbar\frac{d}{dx},
\qquad
\hat p_x\ [\mathrm{kg\,m/s};\ \mathsf{MLT^{-1}}]
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/波動関数と確率解釈-講義.n.md
直感的な説明
演算子は、波動関数から特定の情報を読み出す装置だと考えるとよい。
位置を知りたいときは、場所ごとの重みを掛けて平均する。運動量を知りたいときは、波がどれだけ急に変化しているかを見るため、微分を使う。エネルギーを知りたいときは、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーを足し合わせたハミルトニアンを使う。
つまり、測定したい量が違えば、波動関数へ作用させる演算子も違う。
期待値
状態が \psi で、観測量に対応する演算子が \hat A のとき、平均的な測定値は次で与える。
\langle A\rangle
=
\frac{\langle \psi|\hat A|\psi\rangle}{\langle \psi|\psi\rangle}
\psi が規格化されていれば、
\langle \psi|\psi\rangle=1
なので、
\langle A\rangle
=
\langle \psi|\hat A|\psi\rangle
となる。
一粒子の位置の期待値なら、
\langle x\rangle
=
\int_{-\infty}^{\infty}\psi^*(x)x\psi(x)\,dx,
\qquad
\langle x\rangle\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]
である。この式は、|\psi(x)|^2 を確率密度として、位置 x の重み付き平均を取っている。
なぜHermitian演算子が必要なのか
測定値は実数として得られる。そのため、観測量に対応する演算子は、期待値が実数になる性質を持つ必要がある。
この性質を有限次元の行列で書けば、Hermitian行列の条件
A^\dagger=A
である。複素内積では、内積の片側に複素共役が入るため、実数の場合より向きに注意する。
data/lecture/math/linear-algebra/複素内積とユニタリ行列-講義.n.md
Hermitian演算子なら、規格化された \psi に対して
\langle \psi|\hat A|\psi\rangle
は実数になる。この事実により、期待値を測定できる量として読める。
固有値と測定値
演算子 \hat A が
\hat A\phi=a\phi
を満たすとき、\phi は固有関数、a は固有値である。
量子化学では、この式を「状態 \phi では、観測量 A が定まった値 a を持つ」と読む。特に、ハミルトニアンについて
\hat H\psi=E\psi
なら、\psi はエネルギー固有状態であり、E はエネルギー固有値である。
data/lecture/math/linear-algebra/固有値と固有ベクトル-講義.n.md
何が変わり、何が保たれるか
観測量を変えると、対応する演算子が変わる。位置を測るなら \hat x、運動量を測るなら \hat p_x、エネルギーを測るなら \hat H を使う。
一方で、状態を表す波動関数と、内積を使って期待値を取る構造は保たれる。
Hermitian演算子という条件は、測定値が実数であることを保つための条件である。また、異なる固有値に属する固有関数は、適切な条件の下で直交する。この直交性が、波動関数を基底で展開する考えにつながる。
見分け方
演算子が出たら、まず何を測る量かを確認する。
\hat x\quad\text{なら位置},\qquad
\hat p_x\quad\text{なら運動量},\qquad
\hat H\quad\text{ならエネルギー}
平均を求めるなら期待値を使う。
\langle A\rangle
=
\frac{\langle \psi|\hat A|\psi\rangle}{\langle \psi|\psi\rangle}
定まった測定値を持つ状態を探すなら、固有値問題を解く。
\hat A\phi=a\phi
一言でいうと
観測量は、波動関数から測定可能な量を取り出すために演算子として表す。Hermitian演算子は期待値と固有値を実数にし、固有値問題は定まった測定値を持つ状態を選ぶ。