用語と定義
複素内積空間とは、複素ベクトル空間に複素内積が入った空間である。
エルミート内積とは、共役対称性と半線型性を持つ複素内積である。この系列では、第 1 変数を線型、第 2 変数を共役線型とする。
\langle au+bv,w\rangle=a\langle u,w\rangle+b\langle v,w\rangle
\langle u,av+bw\rangle=\overline a\langle u,v\rangle+\overline b\langle u,w\rangle
\langle u,v\rangle=\overline{\langle v,u\rangle}
共役転置とは、複素行列 A=(a_{ij}) に対して、転置してから各成分の複素共役を取る操作である。
(A^*)_{ij}=\overline{a_{ji}}
随伴とは、線型写像 T:V\to V に対して
\langle Tx,y\rangle=\langle x,T^*y\rangle
を満たす線型写像 T^* である。標準の複素内積を使う行列表示では、随伴は共役転置 A^* に対応する。
エルミート行列とは、
A^*=A
を満たす複素正方行列である。これは自己随伴な行列である。
ユニタリ行列とは、
U^*U=UU^*=I
を満たす複素正方行列である。
正規行列とは、
A^*A=AA^*
を満たす複素正方行列である。
厳密な説明
1. 標準の複素内積
この系列では、\mathbb C^n の標準の複素内積を
\langle x,y\rangle=\sum_{k=1}^n x_k\overline{y_k}
と置く。この規約では第 1 変数が線型である。
\langle ax,y\rangle=a\langle x,y\rangle
一方、第 2 変数では複素共役が出る。
\langle x,ay\rangle=\overline a\langle x,y\rangle
この規約を明示するのは、教科書によって第 2 変数を線型にする流儀もあるからである。流儀が変わると、射影係数や随伴の式で共役の位置が変わる。
2. A^* が必要になる理由
実行列では、標準内積に対して
\langle Ax,y\rangle=\langle x,A^Ty\rangle
が成立する。複素行列では、同じ役割を果たすのは A^T ではなく A^* である。
\boxed{\langle Ax,y\rangle=\langle x,A^*y\rangle}
したがって A^* は、内積の中で線型写像を左側から右側へ移す操作として理解できる。
3. ユニタリ行列が保存するもの
U^*U=I なら、任意の x,y に対して
\langle Ux,Uy\rangle=\langle x,U^*Uy\rangle=\langle x,y\rangle
である。したがってユニタリ行列は、内積、長さ、直交を保存する。
\|Ux\|=\|x\|,\qquad \langle x,y\rangle=0\Rightarrow \langle Ux,Uy\rangle=0
これは実数の直交行列の複素数版である。
4. エルミート行列が意味するもの
A^*=A なら
\langle Ax,y\rangle=\langle x,Ay\rangle
である。つまり、エルミート行列は内積の左右を入れ替えても同じ作用として読める行列である。
この性質により、エルミート行列の固有値は実数になり、異なる固有値に属する固有ベクトルは直交する。さらに有限次元では、ユニタリ行列で対角化できる。
data/lecture/math/linear-algebra/対称行列と直交対角化-講義.n.md
5. エルミート行列と正規行列の違い
正規行列は A^*A=AA^* を満たす。これは A と A^* の作用が交換できるという条件である。エルミート行列は A^*=A なので自動的に正規行列である。
| 種類 | 条件 | 保存・性質 |
| ユニタリ行列 | U^*U=UU^*=I | 内積と長さを保存する |
| エルミート行列 | A^*=A | 自己随伴で、固有値が実数になる |
| 正規行列 | A^*A=AA^* | ユニタリ対角化できる |
具体例
例 1:複素内積を計算する
u=\begin{pmatrix}1\\ i\end{pmatrix},\qquad
v=\begin{pmatrix}i\\ 1\end{pmatrix}
とする。この規約では
\langle u,v\rangle=1\cdot\overline i+i\cdot\overline 1=-i+i=0
である。したがって u と v は直交する。ここで共役を忘れると 1\cdot i+i\cdot1=2i となり、直交を誤判定する。
例 2:エルミート行列を判定する
A=\begin{pmatrix}2&i\\-i&3\end{pmatrix}
では、
A^*=\begin{pmatrix}2&i\\-i&3\end{pmatrix}=A
である。したがって A はエルミート行列である。対角成分は実数で、非対角成分は互いに複素共役になっている。
例 3:ユニタリ行列を判定する
U=\begin{pmatrix}1&0\\0&i\end{pmatrix}
とする。このとき
U^*=\begin{pmatrix}1&0\\0&-i\end{pmatrix}
であり、
U^*U=I
である。したがって U はユニタリ行列である。この行列は第 2 成分の位相だけを回転し、長さは変えない。
最終形
\boxed{\langle x,y\rangle=\sum_{k=1}^n x_k\overline{y_k}}
\boxed{(A^*)_{ij}=\overline{a_{ji}}}
\boxed{\langle Ax,y\rangle=\langle x,A^*y\rangle}
\boxed{U^*U=I\Longleftrightarrow U\text{ はエルミート内積を保存する}}
\boxed{A^*=A\Longleftrightarrow A\text{ はエルミート行列である}}