粒子箱モデル
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なぜこのモデルを見るのか
この講義の中心的な問いは、なぜ境界条件が波動関数を選び、エネルギーを飛び飛びにするのかである。
粒子箱モデルは、実在分子を精密に再現する模型ではない。価値は、量子化学の基礎構造を最小限の式で確認できる点にある。ここでは、ハミルトニアンの固有値問題、境界条件、規格化、量子化が一つの計算の中にすべて現れる。
このモデルで学ぶべきことは、公式の暗記ではない。微分方程式が候補となる波を与え、境界条件が候補を削り、残った波だけがエネルギー固有値を持つ、という論理である。
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/シュレーディンガー方程式の基本-講義.n.md
直感的な説明
両端を固定した弦を考える。弦にはいろいろな波を描けそうだが、両端が固定されているなら、端で変位が零になる波だけが許される。弦の長さに合わない波は、端の条件を満たせない。
粒子箱モデルでも同じ構造が現れる。粒子を小さな球として箱に入れるのではなく、波動関数という状態の表現を箱に入れる。箱の外へ出られないという仮定は、端で波動関数が零になる条件として現れる。
端で零になる波だけが残るため、波長は連続的には選べない。波長が飛び飛びになれば、運動エネルギーも飛び飛びになる。この直感が、以下の計算で厳密な式に変わる。
data/lecture/math/trigonometry/三角関数-講義.n.md
設定と仮定
一次元の区間に粒子を閉じ込める。箱の長さを次の正の量とする。
L\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}],
\qquad
L>0
粒子の位置は次の範囲にある。
0<x<L
粒子の質量を次とする。
m\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}],
\qquad
m>0
箱の内側ではポテンシャルエネルギーを零とする。
V(x)=0
\qquad
\text{for}\quad 0<x<L
箱の外側では粒子が存在できないと仮定する。この「無限に高い壁」という仮定により、端で波動関数が零になる。
\psi(0)=0,
\qquad
\psi(L)=0
この仮定は強い。実在分子では電子が完全に外へ出られないとは限らない。しかし、境界条件が量子化を生む仕組みを確認するには最小の設定である。
Schrodinger 方程式を立てる
箱の内側ではポテンシャルエネルギーが零なので、ハミルトニアンは運動エネルギー項だけになる。
\hat H=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}
時間に依存しないSchrodinger方程式は次である。
\hat H\psi=E\psi
したがって、箱の内側で解く式は次である。
-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2\psi}{dx^2}=E\psi,
\qquad
E\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
この式は、二階微分が元の関数の負の定数倍になる関数を探す形に整理できる。
\frac{d^2\psi}{dx^2}=-\frac{2mE}{\hbar^2}\psi
ここで波数を次で定義する。
k^2=\frac{2mE}{\hbar^2},
\qquad
k\ [\mathrm{m^{-1}};\ \mathsf{L^{-1}}]
すると、方程式は次になる。
\frac{d^2\psi}{dx^2}=-k^2\psi
この形を見たら、二階微分で符号が反転して元に戻る関数を探す。したがって、正弦と余弦が候補になる。
\psi(x)=A\sin kx+B\cos kx
data/lecture/math/differential-equations/二階線型定数係数微分方程式の基本-講義.n.md
境界条件が波数を選ぶ
第一の境界条件を使う。
\psi(0)=A\sin 0+B\cos 0=B
端で零なので、次を得る。
B=0
したがって、候補は次に絞られる。
\psi(x)=A\sin kx
第二の境界条件を使う。
\psi(L)=A\sin kL=0
ここで、もし次なら零関数になる。
A=0
零関数は全空間で確率密度が零であり、規格化できない。したがって、物理的な状態としては除外する。
A\ne 0
よって、残る条件は次である。
\sin kL=0
正弦が零になる条件から、次を得る。
kL=n\pi
ここで、量子数は次である。
n=1,2,3,\ldots
量子数が零の場合は、次により零関数になる。
n=0
\quad\Rightarrow\quad
k=0
\quad\Rightarrow\quad
\psi(x)=0
したがって、零は除外する。これで、連続的に選べそうだった波数が飛び飛びの値に制限された。
エネルギーが量子化される
波数は次である。
k_n=\frac{n\pi}{L},
\qquad
n=1,2,3,\ldots
先ほどの定義へ戻す。
k^2=\frac{2mE}{\hbar^2}
これをエネルギーについて解く。
E=\frac{\hbar^2k^2}{2m}
波数の許される値を代入すると、エネルギー準位を得る。
E_n=\frac{n^2\pi^2\hbar^2}{2mL^2},
\qquad
E_n\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
この式の意味は明確である。境界条件が波数を離散化し、波数がエネルギーを決めるため、エネルギーも離散化される。
単位と次元も確認する。
\hbar^2\ [\mathrm{J^2\,s^2};\ \mathsf{M^2L^4T^{-2}}],
\qquad
mL^2\ [\mathrm{kg\,m^2};\ \mathsf{ML^2}]
したがって、比はエネルギーの単位と次元をもつ。
\frac{\hbar^2}{mL^2}
\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
波動関数を規格化する
境界条件だけでは係数の大きさは決まらない。確率解釈するには規格化が必要である。
許される形は次である。
\psi_n(x)=A\sin\frac{n\pi x}{L}
規格化条件は次である。
\int_0^L |\psi_n(x)|^2\,dx=1
係数を実数の正の値として選ぶと、次を計算する。
\int_0^L A^2\sin^2\frac{n\pi x}{L}\,dx
=A^2\frac{L}{2}
=1
ここで次を得る。
A=\sqrt{\frac{2}{L}}
したがって、規格化された波動関数は次である。
\psi_n(x)=\sqrt{\frac{2}{L}}\sin\frac{n\pi x}{L},
\qquad
\psi_n(x)\ [\mathrm{m^{-1/2}};\ \mathsf{L^{-1/2}}]
ここで規格化が変えたのは、波の全体の倍率である。保存したのは、節の位置や波の形である。したがって、境界条件が形を選び、規格化が確率としての大きさを整えた、と分けて読む。
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/波動関数と確率解釈-講義.n.md
具体例: 第一状態と第二状態を比較する
第一状態は次である。
\psi_1(x)=\sqrt{\frac{2}{L}}\sin\frac{\pi x}{L}
第二状態は次である。
\psi_2(x)=\sqrt{\frac{2}{L}}\sin\frac{2\pi x}{L}
第一状態は箱の内部に節を持たない。第二状態は中央に節を持つ。
\psi_2\left(\frac{L}{2}\right)=0
この差は単なる形の違いではない。量子数が増えると波が細かく振動し、二階微分の大きさが増える。ハミルトニアンの運動エネルギー項は二階微分を含むため、振動が細かい状態ほどエネルギーが高くなる。
エネルギー比は次である。
\frac{E_2}{E_1}=\frac{2^2}{1^2}=4
この例では、節の数、波数、二階微分、エネルギーが対応している。解法だけを見るのではなく、「振動が細かいほど運動エネルギーが大きい」という概念の対応を読むことが重要である。
何が変わり、何が保存されるか
箱の長さを変えると、エネルギー準位の間隔が変わる。
E_n\propto \frac{1}{L^2}
したがって、箱が長くなるほどエネルギーの間隔は小さくなる。これは、広い領域では長い波長が許され、波数が小さくなるためである。
量子数を変えると、節の数、波数、エネルギーが変わる。一方で、同じ箱を考える限り、端で消えるという境界条件と、全確率が一であるという規格化は保存される。
全体位相を掛けても、確率密度は保存される。
\psi_n(x)\longmapsto e^{i\theta}\psi_n(x)
\quad\Rightarrow\quad
|\psi_n(x)|^2\ \text{は変わらない}
見分け方
粒子箱モデルを解く問題では、次の順に読む。
- 箱の内側でハミルトニアンを立てる。
- 微分方程式から候補の波を得る。
- 境界条件で係数と波数を制限する。
- 零関数を除外し、量子数の範囲を決める。
- 波数からエネルギー固有値を得る。
- 最後に規格化で確率解釈できる形にする。
この順序を崩すと、係数の決定とエネルギーの決定を混同しやすい。境界条件は波数を選び、規格化は全体係数を選ぶ、と分けて読む。
限界
この模型では、箱の外で粒子が絶対に存在できないと仮定した。実際の分子では、電子密度は急に完全な零になるとは限らない。また、多電子相互作用、原子核の運動、三次元構造も無視している。
それでもこの模型が重要なのは、境界条件が固有値問題の許される解を制限し、その結果としてエネルギーが離散化することを、最小の計算で示すからである。
一言でいうと
粒子箱モデルでは、Schrodinger方程式が候補の波を与え、境界条件が波数を選び、ハミルトニアンの固有値としてエネルギーが量子化される。規格化は、その許された波を確率解釈できる大きさに整える操作である。