問題 1:波動関数の規格化
0 < x < L において
\psi(x)=A x(L-x)
であり、それ以外では \psi(x)=0 とする。ここで L\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]>0 は箱の長さ、x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] は位置である。A は実数で正としてよい。
(1) \psi を規格化する A を求めよ。
(2) x=L/2 における確率密度 \rho(x)=|\psi(x)|^2 を求めよ。
(3) \Delta x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] が L に比べて十分小さいとき、x=L/2 の近くの幅 \Delta x に電子が見いだされる確率を近似せよ。
手掛かり
規格化では、全空間での確率の総和を 1 にする。
解答
規格化の条件は、\int_{-\infty}^{\infty}|\psi(x)|^2\,dx=1 である。この公式は、|\psi(x)|^2 が 1 次元の確率密度であり、位置について積分すると確率になるときに使用できる。いま \psi(x) は 0<x<L でのみ非零なので、この条件を適用できる。
1=\int_0^L |A x(L-x)|^2\,dx
=A^2\int_0^L x^2(L-x)^2\,dx
積分を展開して計算する。
\int_0^L x^2(L-x)^2\,dx
=\int_0^L (L^2x^2-2Lx^3+x^4)\,dx
=L^2\frac{L^3}{3}-2L\frac{L^4}{4}+\frac{L^5}{5}
=L^5\left(\frac{1}{3}-\frac{1}{2}+\frac{1}{5}\right)
=\frac{L^5}{30}
したがって
1=A^2\frac{L^5}{30}
\quad\Rightarrow\quad
A^2=\frac{30}{L^5}
A は正としてよいので、
A=\frac{\sqrt{30}}{L^{5/2}}\ [\mathrm{m^{-5/2}};\ \mathsf{L^{-5/2}}]
を得る。A の単位は、x(L-x) が \mathrm{m^2} をもつため、\psi が 1 次元の波動関数として \mathrm{m^{-1/2}} になるように決まる。
(2) x=L/2 では
\psi\left(\frac{L}{2}\right)
=\frac{\sqrt{30}}{L^{5/2}}\cdot \frac{L}{2}\cdot\frac{L}{2}
=\frac{\sqrt{30}}{4\sqrt{L}}\ [\mathrm{m^{-1/2}};\ \mathsf{L^{-1/2}}]
よって
\rho\left(\frac{L}{2}\right)
=\left|\psi\left(\frac{L}{2}\right)\right|^2
=\frac{30}{16L}
=\frac{15}{8L}\ [\mathrm{m^{-1}};\ \mathsf{L^{-1}}]
である。
(3) \Delta x が十分小さいなら、幅 \Delta x の範囲で確率密度がほぼ一定と近似できる。この近似は、\psi(x) がその狭い範囲で急変しないときに使用できる。
P\approx \rho\left(\frac{L}{2}\right)\Delta x
=\frac{15}{8L}\ [\mathrm{m^{-1}};\ \mathsf{L^{-1}}]\times \Delta x\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]
=\frac{15\Delta x}{8L}\ [\mathrm{1};\ \mathsf{1}]
解説
この問題は、波動関数そのものではなく、|\psi|^2 が確率密度であることを確認する演習である。規格化は「波の形を整える操作」ではなく、「全確率を 1 にする操作」である。
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/波動関数と確率解釈-講義.n.md
失敗分類:
- 前提理解不足:\psi をそのまま確率と読む。正しくは |\psi|^2 が確率密度である。
- 適用条件ミス:\int |\psi|^2dx=1 の積分範囲を 0<x<L に制限しない。今回の \psi は箱の外で 0 であるため、0 から L まででよい。
- 単位ミス:A を無次元と扱う。\psi の次元を保つため、A には \mathsf{L^{-5/2}} の次元が必要である。
よくある誤り
- 確率密度を確率と混同する:\rho(L/2)=15/(8L) は 1 を超えることがありうるが、これは確率密度なので問題ではない。確率は区間で積分した無次元量である。
問題 2:Schrodinger方程式と粒子箱
0 から L\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] までの 1 次元無限深井戸を考える。箱の内部ではポテンシャルエネルギーを 0\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] とし、境界では \psi(0)=\psi(L)=0 とする。
\psi_n(x)=\sqrt{\frac{2}{L}}\sin\frac{n\pi x}{L}
が与えられている。ただし n=1,2,3,\ldots である。
(1) \psi_n が境界条件を満たすことを確認せよ。
(2) 時間に依存しないSchrodinger方程式
-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2\psi}{dx^2}=E\psi
に \psi_n を代入し、エネルギー E_n を求めよ。ここで m\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}] は粒子の質量、\hbar\ [\mathrm{J\,s};\ \mathsf{ML^2T^{-1}}] は換算プランク定数である。
手掛かり
2 階微分で \sin(n\pi x/L) は元の関数の定数倍に戻る。
解答
(1) 境界条件は、箱の壁で波動関数が 0 になるという条件である。いま
\psi_n(0)=\sqrt{\frac{2}{L}}\sin 0=0
である。また、
\psi_n(L)=\sqrt{\frac{2}{L}}\sin(n\pi)=0
である。n が正の整数であるため、\sin(n\pi)=0 が成立する。
(2) 箱の内部でポテンシャルエネルギーが 0 なので、運動エネルギー項だけのハミルトニアンを使用できる。この式は、粒子が箱の内部にあり、境界条件で壁を表現しているときに適用できる。
1 階微分と 2 階微分は
\frac{d\psi_n}{dx}
=\sqrt{\frac{2}{L}}\frac{n\pi}{L}\cos\frac{n\pi x}{L}
\frac{d^2\psi_n}{dx^2}
=-\left(\frac{n\pi}{L}\right)^2\sqrt{\frac{2}{L}}\sin\frac{n\pi x}{L}
=-\left(\frac{n\pi}{L}\right)^2\psi_n
である。これをSchrodinger方程式へ代入する。
-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2\psi_n}{dx^2}
=-\frac{\hbar^2}{2m}\left[-\left(\frac{n\pi}{L}\right)^2\psi_n\right]
=\frac{n^2\pi^2\hbar^2}{2mL^2}\psi_n
したがって
E_n=\frac{n^2\pi^2\hbar^2}{2mL^2}\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
である。単位は
\frac{\hbar^2}{mL^2}
\sim
\frac{(\mathrm{J\,s})^2}{\mathrm{kg\,m^2}}
=\mathrm{J}
となり、エネルギーの単位と一致する。
解説
この問題では、Schrodinger方程式を「微分方程式を解く式」としてだけでなく、「許される波動関数とエネルギーを同時に選ぶ固有値問題」として読む。境界条件が n を整数に制限し、その結果としてエネルギーも離散的になる。
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/シュレーディンガー方程式の基本-講義.n.md
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/粒子箱モデル-講義.n.md
失敗分類:
- 見分けミス:Schrodinger方程式を単なる時間発展の式としてだけ見る。ここでは定常状態の固有値問題である。
- 公式適用ミス:\frac{d^2}{dx^2}\sin(kx)=-k^2\sin(kx) の負号を落とす。
- 適用条件ミス:n=0 を許す。n=0 では \psi_0=0 となり、規格化できないため波動関数ではない。
よくある誤り
- エネルギーが n に比例すると考える:E_n は n^2 に比例する。これは 2 階微分により (n\pi/L)^2 が現れるためである。
問題 3:粒子箱の遷移エネルギー
電子を長さ L=1.00\times10^{-9}\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] の 1 次元粒子箱に閉じ込める。m_e=9.11\times10^{-31}\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}]、\hbar=1.055\times10^{-34}\ [\mathrm{J\,s};\ \mathsf{ML^2T^{-1}}] とする。
(1) n=1 から n=2 への遷移に必要なエネルギー \Delta E を \mathrm{J} で求めよ。
(2) 1\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]=1.602\times10^{-19}\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] として、\Delta E を \mathrm{eV} へ換算せよ。
(3) L を 2 倍にすると、\Delta E は何倍になるか。
手掛かり
粒子箱では E_n\propto n^2/L^2 である。
解答
粒子箱のエネルギーは
E_n=\frac{n^2\pi^2\hbar^2}{2m_eL^2}
である。この公式は、箱の内部でポテンシャルエネルギーが一定で、壁を無限大ポテンシャルとして扱う模型に適用できる。いま問題文が 1 次元粒子箱を指定しているため、この公式を使用できる。
(1) 遷移エネルギーは
\Delta E=E_2-E_1
=\frac{(2^2-1^2)\pi^2\hbar^2}{2m_eL^2}
=\frac{3\pi^2\hbar^2}{2m_eL^2}
である。値を代入する。
\Delta E
=\frac{3\pi^2(1.055\times10^{-34}\ [\mathrm{J\,s};\ \mathsf{ML^2T^{-1}}])^2}
{2(9.11\times10^{-31}\ [\mathrm{kg};\ \mathsf{M}])(1.00\times10^{-9}\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}])^2}
\Delta E\approx 1.81\times10^{-19}\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
単位は
\frac{\hbar^2}{m_eL^2}
\sim
\frac{(\mathrm{J\,s})^2}{\mathrm{kg\,m^2}}
=\mathrm{J}
となる。
(2) \mathrm{eV} への換算は、同じエネルギーを別の単位で表す操作である。
\Delta E
=1.81\times10^{-19}\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
\times
\frac{1\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]}{1.602\times10^{-19}\ [\mathrm{J};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]}
\approx 1.13\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
(3) E_n\propto L^{-2} であるため、L を 2 倍にすると
\Delta E\mapsto \frac{1}{2^2}\Delta E=\frac{1}{4}\Delta E
となる。
解説
粒子箱は、閉じ込めがエネルギーの間隔を生むことを最小の模型で示す。箱が短いほど波動関数は急に曲がるため、2 階微分に由来する運動エネルギー項が大きくなる。これは「狭い場所に閉じ込めるほどエネルギーが高くなる」という量子化の見方である。
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/粒子箱モデル-講義.n.md
失敗分類:
- 公式適用ミス:\Delta E を E_2 だけで計算する。遷移で必要なのは E_2-E_1 である。
- 計算ミス:2^2-1^2=1 としてしまう。正しくは 4-1=3 である。
- 前提理解不足:L を大きくするとエネルギーが大きくなると考える。実際には E_n\propto L^{-2} である。
よくある誤り
- \mathrm{J} と \mathrm{eV} を足したり比較したりする:どちらもエネルギーの単位だが、換算してから比較する必要がある。
問題 4:水素原子の確率密度
水素原子の 1s 原子軌道を、球対称な波動関数
\psi_{1s}(r)=\frac{1}{\sqrt{\pi a_0^3}}e^{-r/a_0}
で表す。ここで r\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] は原子核からの距離、a_0\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] はボーア半径である。
(1) \psi_{1s} と |\psi_{1s}|^2 の単位・次元を答えよ。
(2) r=0 における確率密度を求めよ。
(3) 半径 r から r+dr の薄い球殻に電子を見いだす確率は、4\pi r^2|\psi_{1s}(r)|^2dr に比例する。この球殻での動径確率密度が最大となる r を求めよ。
手掛かり
点での確率密度と、半径ごとの動径確率密度は同じ量ではない。
解答
(1) 3 次元では、規格化の条件は
\int |\psi(\vec r)|^2\,d\tau=1
である。d\tau\ [\mathrm{m^3};\ \mathsf{L^3}] は体積要素であるため、|\psi|^2 は \mathrm{m^{-3}} の単位をもつ必要がある。したがって
\psi_{1s}\ [\mathrm{m^{-3/2}};\ \mathsf{L^{-3/2}}]
であり、
|\psi_{1s}|^2\ [\mathrm{m^{-3}};\ \mathsf{L^{-3}}]
である。
(2) r=0 を代入すると
\psi_{1s}(0)=\frac{1}{\sqrt{\pi a_0^3}}\ [\mathrm{m^{-3/2}};\ \mathsf{L^{-3/2}}]
なので、
|\psi_{1s}(0)|^2=\frac{1}{\pi a_0^3}\ [\mathrm{m^{-3}};\ \mathsf{L^{-3}}]
である。
(3) 動径確率密度は
R(r)=4\pi r^2|\psi_{1s}(r)|^2
=4\pi r^2\frac{1}{\pi a_0^3}e^{-2r/a_0}
=\frac{4r^2}{a_0^3}e^{-2r/a_0}
である。R(r)\ [\mathrm{m^{-1}};\ \mathsf{L^{-1}}] は dr\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}] を掛けると無次元の確率になる。
R(r) の最大を求めるには、正の定数 4/a_0^3 を除き、r^2e^{-2r/a_0} を微分すればよい。
\frac{d}{dr}\left(r^2e^{-2r/a_0}\right)
=2re^{-2r/a_0}-\frac{2}{a_0}r^2e^{-2r/a_0}
=2re^{-2r/a_0}\left(1-\frac{r}{a_0}\right)
したがって臨界点は r=0 と r=a_0 である。R(0)=0 であり、r\to\infty では R(r)\to0 なので、最大は
r=a_0\ [\mathrm{m};\ \mathsf{L}]
で達成される。
解説
この問題は、水素原子の原子軌道を「電子が回る軌道」ではなく、確率密度を与える波動関数として読むための確認である。|\psi_{1s}|^2 は r=0 で最大だが、半径ごとの球殻には 4\pi r^2 という体積の効果が入る。そのため、最も見いだされやすい半径は r=a_0 になる。
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/水素原子と原子軌道-講義.n.md
失敗分類:
- 前提理解不足:原子軌道を古典的な円軌道と同一視する。原子軌道は波動関数の形である。
- 見分けミス:|\psi|^2 の最大と 4\pi r^2|\psi|^2 の最大を混同する。
- 公式適用ミス:e^{-r/a_0} の二乗を e^{-r/a_0} のままにする。正しくは |e^{-r/a_0}|^2=e^{-2r/a_0} である。
よくある誤り
- 「確率密度が最大だから核の位置が最も多い」と結論する:点そのものの体積は 0 である。観測される確率は確率密度に体積要素を掛けて得る。
問題 5:LCAO近似の規格化
2 つの原子軌道 \phi_A、\phi_B は、それぞれ規格化されているとする。
\int |\phi_A|^2\,d\tau=1,\qquad
\int |\phi_B|^2\,d\tau=1
また、重なり積分を
S=\int \phi_A\phi_B\,d\tau
とする。\phi_A,\phi_B は実関数で、0<S<1 とする。
(1) \psi_+=N_+(\phi_A+\phi_B) を規格化する N_+ を求めよ。
(2) \psi_-=N_-(\phi_A-\phi_B) を規格化する N_- を求めよ。
(3) \psi_+ と \psi_- のどちらが、核間に電子密度を増やしやすいかを説明せよ。
手掛かり
和や差を二乗したとき、交差項が S として現れる。
解答
原子軌道は 3 次元の波動関数なので、\phi_A,\phi_B は \mathrm{m^{-3/2}} の単位をもつ。一方、\int \phi_A\phi_B\,d\tau は \mathrm{m^{-3}}\times\mathrm{m^3} となるため、S\ [\mathrm{1};\ \mathsf{1}] は無次元量である。
(1) 規格化の条件を使用する。この条件は、\psi_+ が許される波動関数であり、全空間での確率を 1 にしたいときに適用できる。
1=\int |\psi_+|^2\,d\tau
=N_+^2\int(\phi_A+\phi_B)^2\,d\tau
=N_+^2\left(\int\phi_A^2\,d\tau+2\int\phi_A\phi_B\,d\tau+\int\phi_B^2\,d\tau\right)
=N_+^2(1+2S+1)
=2N_+^2(1+S)
0<S<1 より 1+S>0 なので、分母は 0 ではない。したがって
N_+=\frac{1}{\sqrt{2(1+S)}}\ [\mathrm{1};\ \mathsf{1}]
である。
(2) 同様に
1=\int |\psi_-|^2\,d\tau
=N_-^2\int(\phi_A-\phi_B)^2\,d\tau
=N_-^2(1-2S+1)
=2N_-^2(1-S)
0<S<1 より 1-S>0 なので、分母は 0 ではない。したがって
N_-=\frac{1}{\sqrt{2(1-S)}}\ [\mathrm{1};\ \mathsf{1}]
である。
(3) \psi_+=N_+(\phi_A+\phi_B) は、2 つの原子軌道が同符号で重なる領域で波動関数の振幅を増やす。そのため、|\psi_+|^2 は核間で大きくなりやすい。したがって、核間に電子密度を増やしやすいのは \psi_+ である。
解説
この問題は、LCAO近似で「足す」「引く」が何を変えるかを確認する演習である。足すと核間で波動関数が強め合い、引くと節が生じて電子密度が小さくなりやすい。ただし、どちらも波動関数として扱うには規格化が必要である。
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/変分法とLCAO近似-講義.n.md
失敗分類:
- 公式適用ミス:(\phi_A+\phi_B)^2 の交差項 2\phi_A\phi_B を落とす。
- 適用条件ミス:S=0 と勝手に置く。問題では 0<S<1 が与えられているため、重なりを残す必要がある。
- 前提理解不足:N_+ や N_- をエネルギーの補正と考える。N_\pm は規格化の係数であり、全確率を 1 にするための量である。
よくある誤り
- N_+=N_-=\frac{1}{\sqrt2} としてしまう:これは S=0 の特別な場合だけである。軌道が重なると、規格化の係数は S に依存する。
問題 6:分子軌道のエネルギーと係数
2 つの原子軌道 \phi_A,\phi_B から、分子軌道
\psi=c_A\phi_A+c_B\phi_B
を作る。重なり積分は無視し、\phi_A,\phi_B は互いに直交していると近似する。ハミルトニアンの行列要素を
H_{AA}=H_{BB}=\alpha,\qquad H_{AB}=H_{BA}=\beta
とする。\alpha\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]、\beta\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] はエネルギーであり、\beta<0 とする。
(1) 係数 c_A,c_B が満たす固有値方程式を書け。
(2) 許されるエネルギー E を求めよ。
(3) S=0 の近似で規格化された分子軌道を 2 つ書け。どちらが結合性軌道か説明せよ。
(4) \alpha=-13.6\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]、\beta=-2.0\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}] のとき、2 つのエネルギーを求めよ。
手掛かり
これは 2 次元の固有値問題である。非自明な係数を得るには、係数行列の行列式が 0 になる。
解答
(1) \hat H\psi=E\psi を \phi_A,\phi_B の基底で表す。この式は、分子軌道を原子軌道の線形結合に制限し、重なりを無視する近似のもとで使用できる。
\begin{pmatrix}
\alpha & \beta\\
\beta & \alpha
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
c_A\\
c_B
\end{pmatrix}
=
E
\begin{pmatrix}
c_A\\
c_B
\end{pmatrix}
したがって
(\alpha-E)c_A+\beta c_B=0
\beta c_A+(\alpha-E)c_B=0
である。
(2) 非自明な解、すなわち (c_A,c_B)\ne(0,0) を得るには、係数行列の行列式が 0 でなければならない。
\begin{vmatrix}
\alpha-E & \beta\\
\beta & \alpha-E
\end{vmatrix}
=0
(\alpha-E)^2-\beta^2=0
したがって
\alpha-E=\pm\beta
であり、
E=\alpha+\beta,\qquad E=\alpha-\beta
を得る。
(3) E=\alpha+\beta のとき、\alpha-E=-\beta である。第 1 式は
-\beta c_A+\beta c_B=0
となる。\beta\ne0 なので、\beta で割ることができ、c_A=c_B を得る。S=0 で \phi_A,\phi_B が直交しているため、規格化された係数は
c_A=c_B=\frac{1}{\sqrt2}\ [\mathrm{1};\ \mathsf{1}]
である。したがって
\psi_+=\frac{1}{\sqrt2}(\phi_A+\phi_B)
である。
E=\alpha-\beta のとき、\alpha-E=\beta である。第 1 式は
\beta c_A+\beta c_B=0
となる。\beta\ne0 なので、\beta で割ることができ、c_A=-c_B を得る。規格化すると
\psi_-=\frac{1}{\sqrt2}(\phi_A-\phi_B)
である。
\beta<0 なので、\alpha+\beta<\alpha-\beta である。したがって低いエネルギーをもつ \psi_+ が結合性軌道である。\psi_+ は同符号の線形結合であり、核間の電子密度を増やしやすい。
(4) 数値を代入すると、
E_+=\alpha+\beta
=-13.6\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]-2.0\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
=-15.6\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
E_-=\alpha-\beta
=-13.6\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]-(-2.0\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}])
=-11.6\ [\mathrm{eV};\ \mathsf{ML^2T^{-2}}]
である。
解説
この問題は、分子軌道法がSchrodinger方程式を行列の固有値問題として近似していることを確認する演習である。LCAO近似では、未知の波動関数そのものを無限に探すのではなく、選んだ原子軌道の係数を決める問題に置換している。
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/分子軌道法の入口-講義.n.md
data/lecture/chemistry/theoretical/quantum-chemistry/変分法とLCAO近似-講義.n.md
失敗分類:
- 見分けミス:分子軌道を各原子に局在した電子の軌道と考える。分子軌道は分子全体に広がる波動関数である。
- 公式適用ミス:\beta<0 のとき、\alpha+\beta が低いエネルギーであることを見落とす。
- 計算ミス:E_-=\alpha-\beta で、\beta が負であることを忘れ、-13.6-2.0 と計算する。
よくある誤り
- 「足すからエネルギーが高い」と考える:分子軌道の高低は見た目の足し算ではなく、ハミルトニアンの行列要素と固有値で決まる。今回のように \beta<0 なら、同符号の結合が低いエネルギーになる。