基底変換と相似
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導入
基底を変えると、ベクトルそのものは変わらないが、その座標表示は変わる。線型写像についても同じで、写像そのものは変わらないが、表現行列は変わる。
この区別は線型代数で重要である。行列を見たとき、それが「対象そのもの」なのか「基底を選んだ後の表示」なのかを分けないと、対角化や固有値の意味が不明瞭になる。
用語と定義
基底変換 とは、同じベクトルや同じ線型写像を、別の基底に関する座標で表し直すことである。
旧基底と新基底の間で
[x]_{\mathrm{old}}=P[x]_{\mathrm{new}}
を満たす可逆行列 P を、ここでは新基底の座標を旧基底の座標へ直す基底変換行列と呼ぶ。
相似 とは、2 つの正方行列 A,B が、ある可逆行列 P によって
B=P^{-1}AP
と書ける関係である。相似な行列は、同じ線型写像を異なる基底で表示したものと解釈できる。
方針
基底変換では、何が変わり、何が変わらないかを最初に固定する。
| 対象 | 変わるもの | 保存されるもの |
| ベクトル | 座標表示 | ベクトルそのもの |
| 線型写像 | 表現行列 | 写像そのもの |
| 相似変換 | 行列の成分 | 固有値、特性多項式、可逆性 |
data/lecture/math/linear-algebra/線型写像と行列-講義.n.md
直感的な説明
平面の同じ点でも、通常の横軸・縦軸で測るか、斜めの軸で測るかによって座標は変わる。しかし、点そのものが動いたわけではない。
線型写像も同様である。同じ回転や拡大であっても、基準にする基底を変えると行列の形は変わる。対角化は、この発想を極端に使う。固有ベクトルを基底に選べるなら、写像は方向ごとの倍率だけを並べた対角行列で表示できる。
厳密な説明
1. ベクトルの座標を変える
同じ空間 V に旧基底と新基底を選ぶ。P を
[x]_{\mathrm{old}}=P[x]_{\mathrm{new}}
で定める。この式は、新基底での係数を旧基底での係数へ翻訳する式である。
P が可逆でなければならないのは、座標を一意に戻せなくなるからである。基底から基底への変換では、座標表示の情報を失ってはならない。
2. 表現行列を変える
線型写像 T:V\to V の旧基底での表現行列を A_{\mathrm{old}} とする。つまり
[T(x)]_{\mathrm{old}}=A_{\mathrm{old}}[x]_{\mathrm{old}}
である。新基底の座標から出発すると、
[x]_{\mathrm{old}}=P[x]_{\mathrm{new}}
であり、写像を適用した後に新基底へ戻すには P^{-1} を掛ける。したがって
\begin{aligned}
[T(x)]_{\mathrm{new}}
&=P^{-1}[T(x)]_{\mathrm{old}}\\
&=P^{-1}A_{\mathrm{old}}[x]_{\mathrm{old}}\\
&=P^{-1}A_{\mathrm{old}}P[x]_{\mathrm{new}}
\end{aligned}\begin{aligned}
[T(x)]_{\mathrm{new}}
&=P^{-1}[T(x)]_{\mathrm{old}}\\
&=P^{-1}A_{\mathrm{old}}[x]_{\mathrm{old}}\\
&=P^{-1}A_{\mathrm{old}}P[x]_{\mathrm{new}}
\end{aligned}
である。よって新基底での表現行列は
A_{\mathrm{new}}=P^{-1}A_{\mathrm{old}}P
となる。
3. 定義域と終域の基底を別々に変える場合
T:V\to W のように定義域と終域が異なる場合、入力側の基底変換と出力側の基底変換は別々に追跡する。
入力側で
[x]_{\mathrm{old}}=P[x]_{\mathrm{new}}
出力側で
[y]_{\mathrm{old}}=Q[y]_{\mathrm{new}}
とする。旧基底での表現行列を A_{\mathrm{old}} とすると、新基底での表現行列は
A_{\mathrm{new}}=Q^{-1}A_{\mathrm{old}}P
である。左の Q^{-1} は出力の座標を戻すため、右の P は入力を旧座標へ翻訳するために現れる。
例題:非標準基底で表現行列を求める
問題:非標準基底で表現行列を求める
\mathbb R^2 の線型写像
T(x,y)=(2x,y)
を考える。標準基底では
A_{\mathrm{std}}=
\begin{pmatrix}
2&0\\
0&1
\end{pmatrix}
である。非標準基底
B=(b_1,b_2),\qquad
b_1=\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix},\quad
b_2=\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}
に関する表現行列を求める。
解説
まず基底ベクトルの像を B で表す。
T(b_1)=\begin{pmatrix}2\\1\end{pmatrix}
=\frac32 b_1+\frac12 b_2
であり、
T(b_2)=\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix}
=\frac12 b_1+\frac32 b_2
である。したがって B に関する表現行列は
[T]_B=
\begin{pmatrix}
\frac32&\frac12\\
\frac12&\frac32
\end{pmatrix}
となる。変わったのは写像ではなく、基底と表現行列である。
相似で保存されるもの
B=P^{-1}AP と書けるとき、A と B は同じ線型写像の別表示である。このため、基底の選択によらない性質は保存される。
| 量 | 保存される理由 |
| 固有値 | 方向ごとの倍率は表示に依存しない |
| 特性多項式 | \det(tI-P^{-1}AP)=\det(P^{-1}(tI-A)P)=\det(tI-A) |
| 行列式 | \det(P^{-1}AP)=\det(P^{-1})\det(A)\det(P)=\det(A) |
| 階数 | 可逆行列を左右から掛けても次元は変わらない |
| 可逆性 | A が戻せるかどうかは座標表示に依存しない |
ただし、行列の成分、列そのもの、標準基底で見た図形の見え方は変わる。相似は「同じ写像を別の座標で見る」操作であって、「成分が変わらない」操作ではない。
どこまで成り立つか
相似は正方行列、つまり同じ空間から同じ空間への線型写像で基底を変える場合に現れる。長方行列では、定義域と終域の基底を別々に変えるため、Q^{-1}AP の形になる。
P^{-1}AP を使うときは、P が可逆であることを必ず確認する。P が可逆でなければ基底から基底への座標変換ではなく、情報を潰す写像になってしまう。
最終形
\boxed{[x]_{\mathrm{old}}=P[x]_{\mathrm{new}}}
\boxed{A_{\mathrm{new}}=P^{-1}A_{\mathrm{old}}P}
\boxed{A_{\mathrm{new}}=Q^{-1}A_{\mathrm{old}}P}
\boxed{\text{相似な行列は同じ線型写像の別の座標表示である}}
一言でいうと
- 基底変換では、対象そのものではなく座標表示が変わる。
- 相似な行列は、同じ線型写像を別の基底で表したものである。
- 対角化は、相似変換によって線型写像を見やすい表示へ移す方法である。