厳密な説明
0. ベクトル空間の公理を置く理由
足し算とスカラー倍で閉じているだけでは、ベクトル空間とは判定できない。線型結合を安定して扱うには、計算規則が整合している必要がある。
たとえば u,v,w\in V、a,b\in K に対して、加法の交換法則・結合法則、零ベクトル 0 の存在、反対ベクトル -v の存在、および
a(u+v)=au+av,\qquad (a+b)v=av+bv,\qquad a(bv)=(ab)v
が要請される。これらの公理によって、多項式、関数、行列のように形の異なる対象も、同じ線型の言語で処理できる。
1. 一次独立
ベクトル v_1,\dots,v_k が一次独立であるとは
c_1v_1+\cdots+c_kv_k=0 \ \Rightarrow\ c_1=\cdots=c_k=0
であることである。
この条件は、「0 を構成するための余計な関係式がない」ことを意味する。したがって直感的な説明で示した「余分がない」に対応する。
2. 生成
また v_1,\dots,v_k が空間 V を生成するとは、任意の v\in V が
v=c_1v_1+\cdots+c_kv_k
と表示できることである。
この条件は、「全体を生成できる」に対応する。
3. 基底
したがって基底とは、この 2 つを同時に満たすものである。
ここで重要なのは、この定義を採ると「各ベクトルの座標がただ 1 つに決定される」ことである。実際、v が
v=c_1v_1+\cdots+c_kv_k=d_1v_1+\cdots+d_kv_k
と 2 通りに表示できたとすると、
(c_1-d_1)v_1+\cdots+(c_k-d_k)v_k=0
となる。一次独立より
c_1-d_1=\cdots=c_k-d_k=0
したがって
c_1=d_1,\ \dots,\ c_k=d_k
である。つまり基底とは、ただ空間を生成するだけでなく、座標表示を一意にするための定義も兼ねる。
この証明の意義は大きい。基底を選択すると「ベクトルそのもの」と「その座標」が 1 対 1 に対応することが保証される。したがって線型代数では、抽象的な空間の問題を座標の計算へ変換しても意味が失われない。
この対応を座標写像という。順序つき基底 B=(v_1,\dots,v_n) を選択すると、各 v\in V は一意に
v=c_1v_1+\cdots+c_nv_n
と表示される。この係数を並べた
[v]_B=\begin{pmatrix}c_1\\ \vdots\\ c_n\end{pmatrix}
が B に関する座標である。つまり基底を選択することは、抽象ベクトルを数の列へ移す座標写像を構成することである。この座標写像が、線型写像を行列で表現する入口になる。
data/lecture/math/linear-algebra/線型写像と行列-講義.n.md
4. 具体例
\mathbb R^2 で
e_1=\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix},\qquad e_2=\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}
を考察すると、任意の
\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}=xe_1+ye_2
と表示できるため、生成している。
また
c_1e_1+c_2e_2=0
なら
\begin{pmatrix}c_1\\c_2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}
したがって c_1=c_2=0 である。このため e_1,e_2 は一次独立であり、基底である。
5. 抽象化の例
ベクトル空間は、矢印だけを扱う概念ではない。たとえば実数係数の 2 次以下の多項式全体
P_2=\{a+bx+cx^2\mid a,b,c\in\mathbb R\}
は、1,x,x^2 を基底にもつ 3 次元ベクトル空間である。また、区間 [0,1] の上の連続関数全体や、m\times n 行列全体も、適切な加法とスカラー倍によりベクトル空間となる。
この抽象化により、微分を関数空間の線型写像として扱ったり、行列を基底で座標化したりできる。ベクトル空間の定義は、異なる対象を統一的に記述するための枠組みである。
6. 実数と複素数で何が変わるか
ベクトル空間では、どの体をスカラーとして使うかを明示する。同じ集合でも、実数をスカラーにするか、複素数をスカラーにするかで、一次独立や次元の読み方が変わることがある。
たとえば \mathbb C は、複素数体 \mathbb C 上では 1 次元である。一方、実数体 \mathbb R 上では 1,i を基底として 2 次元である。したがって「次元」や「基底」は、必ず基礎体と一緒に読む。
内積を入れると、この差はさらに重要になる。実内積では対称性を使うが、複素内積では共役対称性を使う。
data/lecture/math/linear-algebra/複素内積とユニタリ行列-講義.n.md
7. 基底の本数が一定になる理由
有限次元で次元を定義できるのは、どの基底を採用しても本数が同じになるためである。この事実の基礎にあるのが交換補題である。
交換補題の内容は、一次独立な組 v_1,\dots,v_k と、V を生成する組 w_1,\dots,w_m があるとき、v_1 をどれか 1 本の w_j と交換しても生成を保てる、というものである。この交換を順に反復すると、一次独立な本数は生成集合の本数を超えられないことが判明する。
したがって、B と C がともに基底なら、B は一次独立で C は生成するため |B|\le |C| である。役割を交換すると |C|\le |B| であり、結局 |B|=|C| となる。このため次元は基底の選択に依存しない。
最終形
\boxed{\text{基底}=\text{生成}+\text{一次独立}}
\boxed{\text{生成は「足りる」、一次独立は「余分がない」}}
\boxed{\text{基底を選ぶと座標表示は一意に定まる}}
\boxed{\text{有限次元では基底の本数は交換補題により一定である}}
\boxed{\text{基底を選ぶと座標写像 }[\,\cdot\,]_B:V\to K^n\text{ が定まる}}