用語と定義
線型写像 とは、ベクトル空間 V,W の間の写像 T:V\to W で、すべての u,v\in V とすべてのスカラー c について
T(u+v)=T(u)+T(v)
および
T(cu)=cT(u)
を満たすものである。
前者を加法性、後者を同次性という。線型性とは、加法性と同次性を同時に満たすことである。
加法性は「足してから写す」と「写してから足す」が一致することを表す。同次性は「スカラー倍してから写す」と「写してからスカラー倍する」が一致することを表す。
data/lecture/math/linear-algebra/ベクトルの基本演算-講義.n.md
直感的な説明
1. 線型性は骨組みを保つ
ベクトル空間では、新しいベクトルを作る基本操作は和とスカラー倍である。線型写像は、この 2 つの操作と順序を入れ替えても結果が変わらない写像である。
このため、線型写像は空間を曲げる変換ではなく、直線的な組み合わせの関係を保つ変換である。原点を通る直線は直線または一点へ移り、平面は平面・直線・一点のいずれかへ移る。
2. 線型結合がそのまま移る
加法性と同次性を組み合わせると、
T(c_1v_1+\cdots+c_kv_k)
=
c_1T(v_1)+\cdots+c_kT(v_k)
が得られる。左辺は「材料を混ぜてから写す」、右辺は「材料を写してから同じ係数で混ぜる」である。線型性は、この 2 つが一致するという性質である。
3. 基底ベクトルの像だけで全体が決まる
基底 e_1,\dots,e_n を選ぶと、任意のベクトル x は
x=x_1e_1+\cdots+x_ne_n
と一意に表せる。線型写像 T に適用すると、
T(x)=x_1T(e_1)+\cdots+x_nT(e_n)
である。したがって T(e_1),\dots,T(e_n) が分かれば、すべての x に対する T(x) が分かる。
data/lecture/math/linear-algebra/ベクトル空間と基底-講義.n.md
4. 行列の列は基底の像である
標準基底で考えると、行列は
A=
\begin{pmatrix}
|& &|\\
T(e_1)&\cdots&T(e_n)\\
|& &|
\end{pmatrix}
と作られる。この式は、行列の第 j 列が T(e_j) であることを意味する。
入力 x=(x_1,\dots,x_n)^T に対して
Ax=x_1T(e_1)+\cdots+x_nT(e_n)
となるので、行列積は列ベクトルを入力成分で線型結合していると読める。
data/lecture/math/linear-algebra/線型写像と行列-講義.n.md
厳密な説明
1. 零ベクトルは零ベクトルへ移る
線型写像 T では、まず
T(0)=T(0+0)=T(0)+T(0)
である。両辺に -T(0) を加えると
T(0)=0
を得る。
この結論により、原点を原点へ送らない写像は線型ではないとすぐに判定できる。たとえば S(x)=Ax+b は、b\ne0 なら S(0)=b\ne0 なので線型写像ではない。
2. 線型結合の保存
k=1 の場合は同次性そのものである。k=2 の場合は
T(c_1v_1+c_2v_2)
=
T(c_1v_1)+T(c_2v_2)
=
c_1T(v_1)+c_2T(v_2)
である。同じ議論を繰り返すと、有限個の線型結合について
T(c_1v_1+\cdots+c_kv_k)
=
c_1T(v_1)+\cdots+c_kT(v_k)
が成り立つ。k=0 の空和を考える場合は、空線型結合を 0 と約束するため、上の T(0)=0 と整合する。
3. 基底の像による決定
e_1,\dots,e_n が V の基底なら、任意の x\in V は一意に
x=x_1e_1+\cdots+x_ne_n
と表せる。線型性より
T(x)=x_1T(e_1)+\cdots+x_nT(e_n)
である。したがって、T(e_1),\dots,T(e_n) を指定すれば、T の値は全ての x について一意に決まる。
逆に、基底の像を任意に指定しても、上の式で T を定義すれば線型写像になる。ここで基底表示の一意性が必要である。一意でなければ、同じ x から異なる値が出る危険がある。
例題:基底の像から行列を作る
問題:基底の像から行列を作る
\mathbb R^2 の線型写像 T:\mathbb R^2\to\mathbb R^2 が
T(e_1)=\begin{pmatrix}1\\3\end{pmatrix},
\qquad
T(e_2)=\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix}
を満たすとする。T の標準基底に関する行列を求め、T(4,-1)^T を計算する。
解説
行列の列は標準基底の像なので、
A=
\begin{pmatrix}
1&2\\
3&-1
\end{pmatrix}
である。また
\begin{pmatrix}4\\-1\end{pmatrix}
=
4e_1-e_2
だから、線型性により
T\begin{pmatrix}4\\-1\end{pmatrix}
=
4T(e_1)-T(e_2)
=
4\begin{pmatrix}1\\3\end{pmatrix}
-
\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}2\\13\end{pmatrix}
である。行列計算で書くと
A\begin{pmatrix}4\\-1\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
1&2\\
3&-1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}4\\-1\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}2\\13\end{pmatrix}
となる。この具体例で確認しているのは、行列積が基底の像の線型結合であるという点である。
どこまで成り立つか
線型性の定義は、有限次元だけでなく無限次元のベクトル空間にも使える。関数空間での微分や積分も、条件を満たせば線型写像として扱える。
一方、行列として表示するには、基底を選び、その座標で書く必要がある。有限次元では有限個の列を並べればよいが、無限次元では通常の有限行列だけでは表現できない。
境界例も重要である。零写像 T(x)=0 は線型であるが、すべての入力を潰す。1 次元では、線型写像は 1 本の基底ベクトルの像だけで決まる。0 次元の零空間では、空基底と空線型結合を扱うため、T(0)=0 との整合性を確認しておくと議論が安定する。
最終形
\boxed{\text{線型性}=\text{加法性}+\text{同次性}}
\boxed{T(c_1v_1+\cdots+c_kv_k)=c_1T(v_1)+\cdots+c_kT(v_k)}
\boxed{\text{線型写像は基底ベクトルの像で決まる}}
\boxed{\text{行列の列は標準基底の像を記録する}}